8‐3.撫でられます
可笑しいですねぇ。なんだか、わたくしの予想とは全く違う発言がされた気がします。唐突に耳でも悪くなったのでしょうか?
そう困惑するわたくしのお隣に、リッキーさんがしゃがみ込みます。
「どうするー、シロちゃん? お姉さん達、シロちゃんのこと、ナデナデしたいんだってさー」
聞き間違いではありませんでした。
えー、わたくしが期待していた展開ではないのですか? 折角恋愛のドキドキ感を、間近で見られると思いましたのに。がっかりです。
いえ、元はと言えば、勘違いをしたわたくしがいけないのですよね。お嬢さん達は、何の落ち度もありません。頭では分かっています。ですが、どうしても気分が落ち込んでしまいます。心なしか、尻尾もしょんぼりしてきました。
「んー、嫌がってる感じじゃないけど、喜んでる感じでもないなぁ。どう思う、アルノーン?」
“取り敢えず、様子を見ながら触れ合わせてみたらどうだ? 単に人見知りをしているだけならば、少しずつ慣れさせていけばいい。もし嫌がる素振りを見せたら、その時は離してやればいいだろう。そういうことでも構わないか?”
と、アルジャーノンさんは、スケッチブックをお嬢さん達に見せました。
「勿論ですっ。私達も、嫌がるシロクマちゃんを無理やり撫でたいわけじゃありませんからっ」
「触る時もそーっといきますし、駄目だって思ったらすぐに引きますっ。約束しますっ」
拳を握って、お嬢さん達は言い切ります。ほんのり赤らむ頬と目の煌めき具合が、まるで好きな相手を前にした時の乙女のようです。
あぁ、このままリッキーさんかアルジャーノンさんに、告白したりはしないでしょうか? もしくは、恋愛的な意味で好きになったりはしませんか? お二人とも、素敵な男性ですよ? 一緒に過ごせば、きっと良さを分かって頂けると思うのですが。
しかし、わたくしの願いも空しく、お嬢さん達はわたくしばかりを見つめています。それはそれで嬉しいのですが、今は残念でなりません。
「じゃー、シロちゃんを触るに当たって、手の消毒だけお願いしてもいいですかー? シロちゃんまだちっちゃいんでぇ、免疫力も低いんですよぉ」
“万が一シロが病気になるといけないので、協力して貰いたい”
アルジャーノンさんは、軍服のポケットから、消毒液を取り出しました。
お嬢さん達はすぐさま両手を出し、吹き掛けられた消毒液を、手全体に擦り込んでいきます。
「そ、それでは、失礼しまして」
お嬢さん達は、ゆーっくりとしゃがみました。わたくしを見下ろし、キラキラと目を輝かせながら、微笑みます。
「はじめまして。えっと、シロちゃん? で、いいのかな?」
「こんにちはー、シロちゃん。はぁー、この距離で見ても可愛いわー。いや、この距離だと一層可愛いわー」
「シロちゃん。あの、もし良かったら、少ーしだけ撫でさせて貰ってもいいかな?」
「嫌じゃなかったら、少しだけお願い。私達、絶対痛くしないよ? 優しくするから、どうかな?」
お嬢さんお二人は、そーっと両手を差し出しました。そのまま、わたくしの様子を窺っています。
眼差しに若干の期待が籠っているのは、致し方ないでしょう。わたくしも、少し前まできっと同じ顔をしていました。その期待が裏切られたら非常に残念だということも、身を持って知っています。
……ふむ、いいでしょう。
ここは一つ、お嬢さん達の願いを叶えて差し上げます。
そもそもわたくし、撫でられること自体、嫌いではありません。こちらのお嬢さん達も、乱暴そうには見えませんし、なにより、わたくしの心を
ですが、一応掌が汚れていないか、確認させて下さいね。わたくし、毛が白いもので、すぐに汚れが付いてしまうのですよ。そうしますと、パトリシア副班長の視線が、ガスマスク越しにきつくなるのです。言動も少々刺々しくなります。そうして、非常に嫌そうな雰囲気を放ちながら、わたくしの首根っこを掴んで、シャワールームまで連行するのです。まぁ、わたくしお風呂は好きですので、特に問題もないのですが。
『ふむふむ、清潔な掌のようですね。変な匂いもしないです。こちらならば、撫でて頂いて構いませんよ』
確認を終え、わたくしはお座りをしました。お嬢さん達を見上げ、微笑み掛けます。
「えっと……これは、大丈夫ってこと、かな?」
「ど、どうかな。でも、リラックスしてるみたいだし、た、試しに、ちょこっとだけ、触ってみる?」
お嬢さん達は頷き合うと、そーっとわたくしへ腕を伸ばしてきました。
どこかおっかなびっくりな手を大人しく受け入れれば、途端にお二人のお顔へ、笑みが広がりました。
「う、うわぁ……っ。想像以上にふわっふわ……っ」
「はぁぁぁ……っ、柔らかくて気持ちいいよぉ……っ。それに、大人しい子だねぇぇぇ……っ」
『お褒め頂き、ありがとうございます。わたくしも、自分の毛にはちょっとした自信があるのですよ』
「嫌がってる感じは、ない、かな?」
「ない気がするけど、どうかな、シロちゃん? 私達に触られて、嫌かな?」
『そのようなことはありませんよ。お二人共、とても優しくてお上手です。強いて言えば、もう少々しっかりと触って頂きたい位でしょうか。ソフトタッチすぎて、若干擽ったいです』
「……多分、大丈夫なんだと思う」
「そう、だね。変わらずのほほんとした顔してるし、大丈夫、です、よ、ね?」
と、リッキーさんとアルジャーノンさんを窺います。
お二人は、笑顔で首を上下させました。
お嬢さん達はほっと胸を撫で下ろすと、先程よりも大胆にわたくしの毛を梳いていきます。
「うーん、でも本当ふわふわだねぇ。動物の子供って元々毛が柔らかいけど、シロちゃんは特に気持ちいい気がする」
「分かるー。それになんかいい匂いするよね。もしかして、何か特別なシャンプーとか使ってるんですか?」
「あー、まぁ、特別っちゃー特別ですかねぇ。俺が調合した奴なんで」
「えっ、嘘っ、そうなんですかっ?」
「凄ーい。それってつまり、シロちゃんの毛質にぴったり合うものを用意されてたってことですよね?」
「まー、そうですねぇ。下手なものを使って肌が荒れたり、アレルギーになったりしたら、シロちゃんが可哀そうですからー」
「へぇーっ、すっごーいっ」
「シロちゃん、愛されてるねー」
『そうなのです。わたくし、とても大事にして頂いているのです』
リッキーさんの素晴らしさを、分かって頂けましたか。わたくし、とても嬉しいです。また、リッキーさんの有能さを伝えるお手伝いが出来、非常に誇らしいです。
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