8‐1.海上保安部の本部へやってきました
本日の特別遊撃班の班員さん達は、心なしか気合が入っています。
見た目が二割増しで尖っていると申しますか、普段よりも、こう、某世紀末覇者漫画の雑魚キャラ感と、八十年代のお転婆レディ感が、強いような印象を受けました。
パトリシア副班長も、コードレス掃除機の出力をやや上げ気味です。ガオーンガオーンという音が、いつもよりも高らかに鳴っています。
わたくしも、実は少々浮かれております。落ち着かなければ、と思いながらも、どうしてもお尻の揺れを止めることが出来ません。
何故なら、久しぶりの上陸だからです。
わたくし達は現在、海上保安部の本部へとやってきています。先程、船を専用の倉庫へと仕舞い、班員全員で下船してきた所です。レオン班長を先頭に、のっしのっしと本部内を歩いています。
特別遊撃班の皆さんが、個性的だからでしょうか。先程から、周りの視線がこれでもかと集まっています。
「うわぁ……特別遊撃班だ。帰ってきたのかよ……」
「相変わらず好き勝手やってるらしいな」
「見ろよ、あの恰好。軍の規定、完全無視じゃねぇか」
「あれが海上保安部の隊員だって思われたくないよな。恥ずかしいから本当止めて欲しいぜ」
あまり歓迎されていない様子です。まぁ、特別遊撃班は、厄介者達が集められた窓際部署のようですからね。どうしても偏見の目で見られてしまいがちなのでしょう。
ですが、わたくしは声を大にして言いたいです。
こちらの班員さん達は、見た目は確かに個性的ですが、中身はとても優しい方々ばかりなのですよ。わたくしに対しても、一度として乱暴を働いたことはなく、寧ろ常日頃から可愛がって下さいます。
最初は近寄りがたいかもしれませんが、是非一度お話をしてみて貰いたいです。そうすれば、きっと皆さんの良さを分かって頂けると思います。今時珍しい程の好青年ばかりですので。
そんな思いを込めて、怪訝そうな顔をされている方々を見上げます。
すると皆さん、今度はびっくりしたかのように、目を丸くされるのです。
「え……何だあれ? 犬?」
「いや、犬じゃない。熊だ」
「え、熊? シロクマ? なんでこんな所に?」
「というか、なんで特別遊撃班の班長が、シロクマ連れてんだ?」
信じられないとばかりに目を瞬かせる皆さん。驚いてしまうのも仕方ありません。なんせ、驚かせた側のわたくし自身、まさか本部へお供するとは予想しておりませんでしたもの。てっきり船の中でお留守番なのだろうと思っていたのですが、普通に連れ出されました。
因みに、ハーネスとリードは付けています。レオン班長曰く、初めての場所でわたくしが迷子になってしまわないように、という意味と、目を離した隙に怪我をしたら危ない、という意味を込めて、こちらで過ごす際は、基本的にリードを着用する方針なようです。
本日のわたくしのハーネスは、レオン班長が着ています軍服の上着と同じデザインとなっております。背中には、海上保安部のマークがドドンと入っています。
シロクマがカバさんの柄を背負うというのは、少々不思議な気分です。しかし、こちらのハーネスを着ていますと、わたくしも海上保安部の一員になったような気がして、非常にうきうきします。足取りも、ついつい軽くなってしまいますよ。
「なーんかシロちゃん。今日は随分とご機嫌だねぇ」
“普段は狭い船の上でしか動けなかったからな。久しぶりの広い世界に、喜んでいるのだろう”
「あんなにお尻ふりふりしちゃってねー。ルンルンしてるじゃーん。かーわーいーいー」
背後から、何やらシャッター音と鉛筆の走る音がします。大方、リッキーさんが写真を撮り、アルジャーノンさんがスケッチをしているのでしょう。こんな時でも己の趣味を楽しまれるなんて、流石は特別遊撃班の班員です。自由度が半端ありません。
「ほら、見て見てっ。ねっ? いるでしょっ?」
「うわ、本当だ。ちっちゃーい」
あら? なにやら他の方とは違う眼差しで、わたくし達を見ているお嬢さん方がいます。好意的と申しますか、輝いていると申しますか、兎に角嫌な感じがしません。
もしや、あちらのお嬢さん方は、特別遊撃班の良さをご存じなのでしょうか。だとしたら、わたくしとても嬉しいです。
「あ、こっち見た。いやーん、なにあの顔ー。真ん丸なんですけどー」
「シロクマちゃーん。こっちも向いてー」
手を振られましたので、わたくしも尻尾を振り返してみました。本当は前足を振りたかったのですが、生憎歩行中の為使えません。ですが、笑顔で喜んで下さったようなので、問題ないでしょう。
「きゃーっ、本当にシロクマの赤ちゃんがいるーっ」
「あ、見て。うちらと同じ軍服着てるよ」
「ぐはぁ、なんだあの歩き方。よちよちしてて堪んねぇな、おい」
「だなー。ずーっと見てられるなー」
あらあら? なんだか皆さん、思ったよりも温かな目をされていますね。先程の刺々しい眼差しを向けてきた方々は、実は極々一部だったのでしょうか? 厄介者揃いと言われている特別遊撃班は、実際はそこまで敬遠されているわけではないと?
よく分かりませんが、取り敢えずこの場にいる皆さんは、友好的、もしくは特に嫌悪感のない方々なのでしょう。ありがたいことです。わたくしも、日頃お世話になっている皆さんが悪く言われないのは、非常に喜ばしいです。嬉しさのあまり、お顔も緩んでしまいます。
「なんかあの子、笑ってるみたいな顔してるね」
「本当だー。お口がゆるんとしてて、可愛いー」
「ちょ、ちょっとだけ、触っちゃ駄目かな?」
「えー、無理じゃない? だって特別遊撃班の班長がリード持ってるよ?」
「駄目かなぁ。一回位ならいけそうな気がするんだけど」
何故かは分かりませんが、先程から周りの皆さんと度々目が合います。取り敢えず、ご挨拶でも返しておいた方が良いでしょうか。わたくしの態度一つで、もしかすれば特別遊撃班の評判が、多少向上するかもしれませんし。
よし、では早速、と、近くにいたお嬢さんへ微笑み掛けようとしましたら、突如レオン班長が立ち止まりました。リードを握られているわたくしも、自ずと歩みを止めます。班員の皆さんも、止まってレオン班長に注目しました。
「……俺とパトリシアは、これから親父んとこに行ってくる。この後の動きはおって連絡するから、それまで適当に時間潰してろ」
「但し、周りに迷惑を掛けないようにお願いします。別の隊とトラブルを起こしたり、それによって私達が呼び出されるような事態にもならないよう、十分気を付けて下さい」
レオン班長とパトリシア副班長の言葉に、各々返事を返します。
「リッキー、アルジャーノン」
「んー? なに、はんちょ」
「俺が戻ってくるまで、シロの面倒見てろ」
レオン班長は、リードをリッキーさんに差し出します。
リッキーさんは、少年のように幼い顔へ笑みを湛え、
「はいはーい」
と、リードを受け取りました。アルジャーノンさんも、了解、とばかりに頷いています。
「シロちゃーん。レオンパパがお仕事に行きますよー。お見送りしようねー」
よっこいしょー、とリッキーさんはわたくしを抱き上げると、前足を握って揺らしてみせます。
『レオン班長、いってらっしゃい。クライド隊長と喧嘩しないようにして下さいね』
レオン班長は、返事代わりにわたくしの頭を一つぽんと叩くと、パトリシア副班長と共に、廊下の奥へと向かわれました。
残されたわたくし達も、各々好きなように散らばっていきます。
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