7‐1.上司さんと初対面です
執務室にある大きなスクリーンに、中年男性の顔が映し出されます。前髪をオールバックにしているお蔭で、裏社会のドンかしら? と思ってしまう程に厳つい顔立ちが、はっきりと良く見えます。
しかも、眉をこれでもかと寄せ、苦悶と苛立ちに満ち溢れた表情をされているものですから、その迫力たるや、凄まじいです。
『――だから、何度も言ってるだろうが。やりすぎなんだよ、お前んとこの班は』
重々しい溜め息と共に、中年男性――特別遊撃班の直属の上司である、海上保安部第一番隊のクライド隊長は、眉間の皺を揉み解します。
対するレオン班長は、毛のない眉を顰め、クライド隊長を睨みました。
「結果はちゃんと上げてる筈だぞ」
『結果だけはな。だがその他が酷すぎる。なんだよ、この報告書は。“不審船を発見したので制圧した。だが、船及び乗組員全員、高波に飲まれて行方不明。捜索したが、結局見つからなかった”だぁ? てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ』
「ふざけてねぇ。事実をそのまま書いただけだ」
『なら、なんでその不審船とやらは、高波に飲まれた如きで、破片も残らず消失してんだよ。絶対お前ら何かやっただろう』
「普通に制圧しただけだが?」
『……特別遊撃班が不審船と交戦したっていう日に、原因不明の怪我を負ったウミネコが、大量に浜へ流れ着いたって、漁師の方から連絡が入ってた。ついでに、妙な波と、突風のようなものも、漁船にぶつかったってな。うちの方で漁船を確認したが、船体の一部が若干へこんでた……まるで、どこぞの獣人の衝撃波でも、食らったかのようになぁ』
レオン班長は、ライオンさんの尻尾で椅子を叩きます。毛のない眉を片方持ち上げ、鼻を鳴らしました。
「で? 話はそれで終わりか?」
『終わりなわけあるかっ。てめぇら、いい加減にしろよ。今年入ってからこれで何度目だと思ってんだ。あぁ?』
「五度目」
『二十一度目だ馬鹿野郎っ!』
振り上げた拳が落とされ、ドズンと大きな音が鳴ります。
思わずびくりと体を跳ねさせれば、レオン班長が労わるように撫でて下さいました。途端、全身の強張りが緩み、わたくしはレオン班長の腹筋に凭れます。そうして目を細め、撫でられる感触をうっとりと楽しむのです。
『……所で、レオン』
「なんだ」
『さっきから気になってたんだが』
と、スクリーンに映るクライド隊長は、レオン班長の襟元をじろりと見ます。
『その軍服の上着からチラチラ見えてる、白いもんは何だ?』
その問いに、レオン班長は、軍服の襟を指で摘まみました。
「シロクマ」
出でよ、とばかりに首元が開かれたので、わたくし、軍服の中からひょっこり顔を出します。
すると、クライド隊長と目が合いました。取り敢えず、シロクマなりに微笑んでおきましょう。
『はじめまして、クライド隊長。わたくし、シロクマのシロと申します。どうぞよろしくお願い致します』
しかしクライド隊長は、わたくしがきちんとご挨拶したのに、お返事を返してくれません。
ただただ、眉間にきつく皺を刻むばかりです。
『……おい、レオン』
「なんだ」
『なんで特別遊撃班の船に、シロクマがいるんだ』
「拾った」
『拾ったって……』
「別にいいだろう。第三番隊だって、ダンカンがちょいちょい動物拾ってくるんだ。たかがシロクマ一匹、問題ない筈だ」
『だからって、お前……シロクマって……』
深ーい溜め息が、クライド隊長のお口から吐き出されます。顔を片手で覆い、しばし黙り込みました。
『…………百歩譲って、拾うのは構わない。だが、そこからどうするつもりなんだ。流石にシロクマの里親探しは難しいぞ』
「俺が飼うから問題ない」
『……どこで』
「ここで」
もう一つ、大きな大きな溜め息が、落とされます。
『……お前、シロクマがどれだけ大きくなるか、知らねぇのかよ』
「二メートル半から三メートル。体重はおよそ三百キロ」
『知ってんのかよ……だったら飼うなよ……つーか、せめて軍外で飼えよ……』
「無理だ。シロはまだチビだし、数時間置きにミルクも飲ませなきゃならねぇ。なにより、最近ウミネコにビビッたせいか、俺から離れようとしねぇんだ。こんな状態で一人にすることは出来ねぇな」
その言葉に、わたくしは、む、とレオン班長を仰ぎ見ました。
『聞き捨てなりませんね、レオン班長。わたくしがいつウミネコさんにビビりましたか。多少の
「ここの所は、特に俺が仕事へ行く素振りを見せると、こうやって軍服の上着に潜り込んでくるんだ。ここにいれば安全だって思ってんだろう」
『違いますよ、クライド隊長。確かにわたくしは、度々レオン班長の軍服の中にお邪魔しています。しかしそれは、単にレオン班長が、入って欲しそうにするのです。軍服の裾を頻りに弄っては、入らないのか? とばかりに、わたくしをチラチラと見るのですよ? そのようなアピールをされては、入るしかないでしょう』
「仕事中も、ずっと軍服の中に籠っていやがる。一回引っ張り出して、執務室の中を自由に歩き回れるようにしたんだけどな。でもシロは、すぐに戻ってくるんだ。入れてくれと言わんばかりに、俺の体をよじ登ってくる」
『それはそうですよ。だってレオン班長ったら、わたくしが軍服から出ますと、途端に手を止めてしまうのですもの。パトリシア副班長がストライキに入っている今、お仕事はきちんとこなさなければいけませんよ? お蔭でわたくし、トイレにも落ち着いて行けないのですから』
「全く。しょうがねぇ奴だよ」
『全く。仕方のない方ですね』
はふぅん、と同時に溜め息を零したわたくしとレオン班長を、クライド隊長は至極じっとりと眺めています。
『…………兎に角、一回本部に戻ってこい。お前とは、腰を据えて話し合わなきゃならねぇようだ』
「ちっ、面倒臭ぇな」
『それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎』
そうして、行く行かないで揉めるお二人。堂々巡りの会話に、わたくし、少々飽きてきました。レオン班長もうんざりしているのか、おざなりな返事をしつつ、軍服越しにわたくしを撫でていきます。
その心地良い感触と、温かな空間に、うとうととまどろんでしまいます。
このまま眠ったら、さぞ気持ち良いでしょう。ですが、お昼寝には少々時間が早いような気もします。
うーん、どうしましょうか、と悩んでいますと、レオン班長が、徐にわたくしの背中をぽんぽんと叩き始めました。独特のリズムに合わせて、わたくしの意識もすーっと消えてしまいそうです。
『うぅ……止めて下さい、レオン班長。このままではわたくし、寝てしまいますぅ……』
レオン班長の胸筋に、お顔をうりうりと擦り付けます。そうやってどうにか目を覚まそうとしますが、レオン班長の追撃は止まりません。ぽんぽんからの、ぎゅーからの、ゆらゆらです。
遂にはわたくし、動けなくなってしまいました。
『ク、クライド隊長。お話の途中に、大変申し訳ありませんが、わたくし、もう、限界ですのでぇ……一足先に、休憩させて、頂きますぅ……』
ギアー……と、どうにかクライド隊長へご挨拶をし、わたくしは一つあくびをします。瞼が勝手に閉じていき、レオン班長とクライド隊長の強面が、ゆっくりと見えなくなっていきました。
……そういえば、先程から気になっていたのですが。
クライド隊長も、レオン班長と同じく、眉毛がないのですね。
顔も中々迫力のある造りとなっていますし、もしかして親戚か何かでしょうか。仮にそうだとしたら、レオン班長が、直属の上司相手にこれだけ不遜な態度を取っているのも、頷けます。親戚同士だから、気心が知れているのかもしれませんね。
そのようなことを考えながら、わたくしは、少し早いお昼寝タイムに入るのでした。
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