6‐4.衝撃波です



『……何故、アルジャーノン医官が、出動しているのでしょうか』

「シロがウミネコにビビってる。だから、追い払いに行かせた」

『…………そんなくだらない理由で、他の班員を危険に晒すと?』

「あいつらなら問題ない」

『レオン班長。あなたは先程、今回の指揮は私に任せると言っていましたが?』

「悪い」

『本当にそう思っているのならば、今すぐアルジャーノン医官を呼び戻して下さい』



 しかし、レオン班長からの返事は、ありません。

 代わりに、ライオンさんの尻尾が、ぺちりとビーチチェアの座面を叩きました。


 カフス型通信機からも、パトリシア副班長の声が聞こえません。

 なのに、わたくしの背筋は、何故かぞくぞくと冷たいものが走ります。

 暖を求めて、思わずレオン班長にくっ付いてしまいました。




『……はぁー……』




 しばしの沈黙後。それはそれは重々しい溜め息が、通信機から落とされます。

 わたくし、咄嗟に前足で頭を押さえました。何故そのような行動を取ったのかは、分かりません。しいて理由を付けるとしたら、本能的に、とでも申しましょうか。これは不味いと、体が訴えているのです。



『……………………総員に連絡。今から六十秒後に、アルジャーノン医官が攻撃に入ります。耳栓をし、速やかにこの場から離れて下さい。繰り返します。今から六十秒後に――』



 パトリシア副班長の妙に低く無感動な声が、全体放送で流れてきます。カウントダウンも始まると、空飛ぶバイクが、次々と不審船から飛び出していきました。こちらに背を向け、遠くへ離れていきます。



「シロ」



 不意に呼ばれたので見上げれば、レオン班長は、ライオンさんの耳に装着しているカフス型通信機を、ピッと指で弄りました。

 途端、ガシャンガシャンと変形し始めます。

 大きく広がったかと思えば、お洒落な細身のヘッドホン型に変わり、レオン班長の耳を覆い隠しました。


 まぁ、なんて格好良いのでしょう、と思っていましたら、レオン班長の両手が、つとわたくしの耳を塞ぎます。ペタンと二つに折り曲げられ、少々心地が悪いです。



「こら、暴れんな。少しだけ我慢しろ」

『む、分かってはいるのですが、どうにも違和感が拭えません。わたくしも、レオン班長のようなヘッドホン型の耳栓がいいです』



 しかしレオン班長は、わたくしの耳から手を離してくれません。そもそも、わたくしの主張など聞こえてはいないのでしょう。なんせこちらの耳栓は、元々通信機なので、班員同士の会話は可能なようですが、それ以外の音は綺麗に遮断するみたいですから。以前、開発者のリッキーさんが、おっしゃっていました。


 因みに、生まれたばかりの王族のお世話をする際も、こちらのヘッドホン型耳栓が使用されるらしいですよ。リッキーさんに作れないものはないのでしょうかね。凄いです。上級者の癖に。



 うむむ、とわたくしが唸っている間にも、アルジャーノンさんはどんどん離れていきます。

 特別遊撃班の船と不審船の中間辺りで止まると、徐に首元を弄り始めました。常時嵌めているチョーカー型の消音器を外し、少し上を向きます。

 そうして口を開き、声を発するかのように、喉とお腹を、一つ揺らしました。




 瞬間、凄まじい衝撃波が、辺り一帯を襲います。




 空を飛んでいたウミネコさん達が、一斉に吹っ飛びました。



 更には海面がへこみ、アルジャーノンさんを中心に、大きな波が発生します。ざっぱーんという音を立てて、こちらへ迫ってきました。

 しかし、特別遊撃班の船は、陸海空対応です。素早く上昇し、波の届かぬ場所まで避難しました。



 不審船は、見事に飲み込まれています。

 波が落ち着いた頃には、姿形もありません。



 遠くの方に、何かが浮かんでいるが見えます。あれは不審船の残骸でしょうか。それとも、落下したウミネコさんでしょうか。



 取り敢えず、アルジャーノンさんの衝撃波が、半端ないと分かりました。



 ついでに、その衝撃波をもってしても、びくともしなかったビーチチェアは、凄いと思います。




『……総員に連絡。不審船の消失により、制圧完了とします。お疲れ様でした。総員はこれより、帰還して下さい。その際、不審船の残骸がないか、乗組員の生き残りがいないか、海面の確認をお願いします。もしそれらしいものを発見した場合、パトリシアまで連絡を下さい。また、本日の夕飯用に、ウミネコを数匹持って帰ってきて欲しいと、給養員より要望が出ていますので、そちらも合わせてお願いします』



 解放された熊耳に、パトリシア副班長の声が入ってきました。低く淡々としたトーンで、指示を出しています。



『……それから、レオン班長。本日より一か月の間、お一人で書類を捌いて頂きますから、そのつもりでお願いします』


 では、と若干の怒気を孕んで、パトリシア副班長は通信を切られました。

 レオン班長は舌打ちをし、毛のない眉を顰めます。ライオンさんの尻尾も、不機嫌そうにビーチチェアを叩きました。



『あの、レオン班長……申し訳ありません。わたくしが、ウミネコさんに侮られたばかりに、パトリシア副班長のお手伝いを受けられなくなってしまって……』



 上目で、おずおずとレオン班長を窺います。



 レオン班長は、ちらとわたくしを見下ろすと、軍服の首元から覗くわたくしの頭を、優しく指で擽って下さいました。それから、軍服越しにわたくしの体を支えると、哺乳瓶を差し出してくれます。


 飲み掛けのミルクが、目の前で揺れています。よろしいのでしょうか? と悩んでいますと、哺乳瓶のゴム部分が、わたくしの口を突きました。

 レオン班長は、飲まないのか? と言わんばかりに、こちらを見つめています。



 わたくしは、徐に口を開き、哺乳瓶の先を咥えました。飲む素振りを見せれば、ライオンさんの耳が一つ振られました。尻尾も、心なしか嬉しそうに波打っています。

 見た限り、怒ってはいないようです。安心半分、申し訳なさ半分です。



 ご迷惑をお掛けしたお詫びとして、わたくしに何か出来ることはないでしょうか? ぱっとは思い付きませんが、これから一か月、書類仕事で苦労されるであろうレオン班長を、少しでも手助け出来たらと、そう思います。



『レオン班長。もし猫の手ならぬ熊の手が必要になりましたら、言って下さいね? わたくし、子供なりに頑張りますので』



 そのような決意と共に、わたくしはいつか貸すであろうシロクマの前足で、レオン班長のお胸をこれでもかと揉み込むのでした。



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