6‐1.お食事の時間です
本日、わたくしはデッキの方へやってきています。
デッキに出る際、わたくしは安全の為、ハーネスとリードを装着します。デッキには、落下防止の柵が存在しますが、わたくしはまだ体が小さいので、何かの拍子に柵の間を擦り抜ける可能性があるそうです。またデッキでは、特別遊撃班の皆さんが駆けていったり、自主鍛錬などを行っている場合が多く、野放しにするのは不安だということで、わたくしは必ずリードで繋がれた状態で、外の空気を楽しむのです。
因みにわたくしが本日付けているハーネスは、リッキーさんお手製のものです。セーラー服のようなデザインとなっております。海上を進んでいることもあり、気分は水兵さんですね。
まぁ、進むと言っても、海に浮かんで、という意味ではなく、空を飛んで海の上を、という意味ですが。
他にも、ワンピースタイプやジャケットタイプ、ベストタイプなど、様々なデザインがあります。
ですが、どれもわたくしの真ん丸としたお尻が、しっかりと出る丈感となっております。
制作にアルジャーノンさんが関わっているのでは、と邪推してしまうのは、わたくしだけでしょうか。
まぁ、どなたが考えたにせよ、着心地は非常に良いです。痛い所もなく、付けていることを忘れてしまう程のフィット感です。見た目が可愛らしいのもまた、乙女心を擽ります。流石はリッキーさん。上級者なだけあって、女性の気持ちがよく分かっていらっしゃる。
さて。そんな水平さんもどきのわたくしは、現在レオン班長と共に、デッキの片隅に設置されたビーチチェアで寛いでおります。
正確には、寝そべっているレオン班長の腹筋の上に、座っています。
そうして、眉間に皺を作るレオン班長と、見つめ合っているのです。
「……シロ」
『はい、何でしょう、レオン班長?』
レオン班長は、徐にわたくしへ右手を差し出しました。
「お手」
『はい、どうぞ』
レオン班長の掌へ、前足を乗せます。そうすると、レオン班長は、わたくしの前足を握り、軽く揺らしながら頷きます。
「おかわり」
今度は左手を差し出されたので、反対の前足を乗せました。レオン班長は、またわたくしの前足を揺らし、満足そうに頷きます。
「伏せ」
レオン班長の腹筋の上へ、腹ばいとなります。寝る時と同じ態勢なせいか、なんだか眠気が込み上げてきました。しかし、我慢です。
わたくしはぷいぷいと首を横へ振り、レオン班長の
「ゴロン」
という声に合わせ、右へ左へ転がります。
「お座り」
離れがたい温もりから渋々体を起こし、わたくしは、レオン班長の腹筋へ座り直しました。
相変わらずの強面が、わたくしを睨むように見つめてきます。ですが、ライオンさんの耳と尻尾は、ご機嫌に揺れています。わたくしがきちんと指示通りに動いているので、喜んでいらっしゃるのでしょう。
「待て」
わたくしへ掌を突き出すと、レオン班長は、ビーチチェアの下へ腕を伸ばしました。何かをごそごそ探したかと思えば、すぐさま持ち上げます。
その手に握られているのは、ミルクのたっぷりと入った哺乳瓶。
言っておきますが、レオン班長が飲むのではありませんよ。
あれは、わたくしのご飯です。わたくし、まだ子供ですので、ご飯はもっぱらミルクなのです。
最初は、哺乳瓶を使うことに、非常に抵抗がありました。なんせわたくしは、自分のことをほぼほぼ忘れてしまったのですもの。シロクマの子供なのに、何故か大人の人間だった気がしておりましたし、ミルクを飲むような歳ではないと思い込んでいたのですよね。
今では、全く抵抗なく吸わせて頂いております。寧ろ待ち遠しくて仕方ありません。図らずともお尻が揺れてしまいます。うっかりしますと、涎も零れてしまいそうです。
「くく、待て、シロ。待てだぞ」
レオン班長は、強面に迫力満点な笑みを浮かべますと、わたくしにミルクを見せびらかしながら掌を突き出し続けます。
この時間が、わたくしは一番嫌いです。子供の躾は必要だと理解してはおりますが、それはそれです。早く飲みたい気持ちが募り、その場で足踏みをしてしまいます。自ずとお尻の揺れも大きくなっていきました。
どこからともなく鉛筆の走る音が聞こえてきますが、そちらを振り返る余裕はございません。只管ミルクを見つめつつ、その時がくるのを待ち侘びます。
「…………………………よしっ」
途端、わたくしは哺乳瓶に飛び付きました。ゴムの先端を咥え、勢い良く吸っていきます。
「美味いか?」
『はぁー、美味しいっ。最高ですっ。やはり待ての後のミルクは格別ですねっ』
ギアーッ、と元気にお答えしつつ、わたくしは音を立てて喉を上下させます。
口の端から少々ミルクが零れそうになりますが、その都度レオン班長が優しく拭って下さいます。非常にありがたいです。いくらミルクが白いとはいえ、あまり口周りを汚しますと、またパトリシア班長に怒られてしまいますもの。
しかし、わたくし、毎回不思議に思うことがあるのです。
何故わたくしは、ミルクを飲む度、前足が勝手に動いてしまうのでしょうか。
一説によりますと、母親の胸を揉んで母乳の出を良くしようという、赤ちゃんの本能的な仕草だそうです。
本能ならば仕方ないと思う反面、わたくしがミルクの度に前足を動かすものですから、毎回レオン班長は、お胸を揉まれる羽目となっています。
わたくしも、揉みたくて揉んでいるわけではないのですが、いかんせん丁度いい所にあるものですから、ついつい揉み込んでしまうのです。程よい弾力がまた心地良く、中々止められません。申し訳ない限りです。
「あー、はんちょったら、またシロちゃんにおっぱい揉ませてるー」
視界の端から、まっピンクのつなぎを着たリッキーさんがやってきました。最近染め直したのか、真っ青な髪の毛を靡かせながら、こちらへ近付いてきます。
「シロちゃん、ミルク美味しいー? はんちょのおっぱい揉んだら、味が変わるのー?」
『ミルクは美味しいですが、レオン班長のお胸を揉むことによる味の変化は、よく分かりません。なんせわたくし、毎回揉んでしまいますので』
「そっかー。レオンママのおっぱい、たんとお飲みー」
「誰がママだ」
ゴチン、という痛そうな音と、リッキーさんの悲鳴が上がります。視界の外れで、崩れ落ちていくまっピンクが見えました。
リッキーさんは、どうも一言多いようです。まぁ、そこがリッキーさんの持ち味とも言えますが、度々拳骨を貰っている辺り、気を付けようと思わないのでしょうか? 思わないのでしょうね。だからこのように痛い思いをしているのでしょう。
アルジャーノンさんも、きっと気にしていないのでしょうね。
ローアングルでわたくしのお尻を見つめながらスケッチする姿が、ただの変質者にしか見えないという事実を。
でなければ、これ程堂々と座り込んだりはしないでしょう。
「所でさぁ、はんちょ」
リッキーさんは、真っ青に染めた髪ごと頭を撫でつつ、レオン班長を見ます。
「それ、いい加減出たらぁ?」
そう言って指差したのは、ライオンさんの耳に装着されている、カフス型通信機です。
先程から、ピーピーと甲高い機械音を何度も上げています。
明らかにパトリシア副班長からの呼び出しです。
「今忙しいんだよ」
「でも、緊急の用件かもしれないじゃん」
「だったら今頃、全体放送が掛かってんだろう」
「あのさぁー、俺がなーんではんちょのとこきたと思うー? パティちゃんからねぇー、通信を取らせろって連絡がきたからなんだぁー。丁度近くにいたからさぁー、ちょっと行ってこいって言われちゃってぇー」
と、いうわけでぇ、と、リッキーさんは、無断でレオン班長のカフス型通信機を触ります。
途端、パトリシア副班長の声が、カフスから流れてきました。
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