6‐2.特別遊撃班のお仕事風景です
『パトリシアです。シロクマに餌をやる暇があるならば、さっさと通信に出て下さい』
「……用件は」
『十時の方向に、不審船を発見。乗組員はいるようですが、応答はなし。逃走の素振りあり。攻撃の意志、武器の有無、共に不明。どうしますか?』
「いつも通りに処理しろ」
『了解です』
すると、傍で聞いていたリッキーさんが、勢い良く右手を挙げました。
「はいはーいっ。俺も参加したいでーすっ。新作の大砲試したいでーすっ」
「いいぞ」
『駄目です。あれしきの相手に大砲など、必要ありません』
「えー、でもさぁ、折角改良したんだよ? 飛距離も伸びたしぃ、威力も増したしぃ、命中率もアップしたよ? 但し計算の上では、だけどねー。だから後は、実戦で使うだけなんだー。いざという時にぃー、予め使用感とか予想とのずれとかをぉー、把握しといた方がいいと思うんだけどなぁー」
『……はぁ……分かりました。乗組員全員が違反者、且つ、無関係な人間が乗っていないと確認が取れた後ならば、許可します。確認が取れない限りは許可しません。勝手に砲撃した場合、一週間の謹慎処分とします。よろしいですね』
「はーいよろしいでーすっ。ありがとうパティちゃーんっ。じゃ、俺、早速準備に行ってきまーすっ」
るんたるんたと足取り軽く、リッキーさんは去っていきました。
カフス型通信機からは、パトリシア副班長の面倒臭そうな溜め息が聞こえてきます。
『レオン班長は、どうされるのですか? 出陣されますか?』
「しない。指揮もお前に任せる」
『だろうと思いました……レオン班長。今回は班員のみで十分ですので構いませんが、次も同じようにいくとは思わないで下さい。場合によっては、一か月程お一人で書類を捌いて頂くことになりますので。よろしくお願いします』
「……分かってるよ」
舌打ちをし、レオン班長は強制的に通信を切りました。
数拍後、全体放送が掛かります。
『総員に連絡。十時の方向に、不審船を発見。これより制圧します。各自九十秒で準備を整えて下さい。繰り返します。十時の方向に――』
すると、其処彼処から歓声が上がります。デッキで訓練をしていた皆さんは、大はしゃぎで船内に戻っていきました。
デッキに残されたのは、レオン班長とわたくし、そしてアルジャーノンさんだけです。
パトリシア副班長のカウントダウンが放送される中、わたくしはミルクを飲み続け、レオン班長はわたくしにお胸を揉まれ続け、アルジャーノンさんはわたくしのお尻をスケッチし続けます。
そうして、九十秒が迫った頃。
賑やかな気配と、高揚した空気、低く重いエンジン音が、いくつも聞こえてきました。
皆さん、もう準備は万端なようです。
『――五秒前……四……三……二……一……作戦開始』
待ちきれないとばかりに、雄叫びが上がります。
デッキから、いくつもの大型バイクが飛び出していきました。
船から落ちたかと思えば、凄まじいジェット噴射を利かせながら、空中を走っていきます。
あの空飛ぶバイクも、リッキーさんの手が入っています。
元は、陸上保安部で廃棄される予定だった旧型のバイクでしたが、それを超格安で譲り受けた後、これでもかと改造した結果、あのように陸空両用となったそうです。短時間ならば、水中の走行も可能らしいですよ。
今では陸上保安部で使われている最新式のバイクよりも高性能なので、秘密裏に買取交渉やら設計図の開示交渉やらが進められたこともあるみたいです。ですが、膨大な予算が必要なことと、リッキーさんがいなければ制作も整備も出来ないことがネックとなり、頓挫したとかしないとか。
詳しい話はわたくしも分かりませんが、兎に角、あちらのバイクは、特別遊撃班が誇る特別なバイクなのです。
最高速度は二百キロをゆうに超えるらしく、操縦する皆さんは非常に楽しそうです。手に持った武器を、生き生きと振り回しています。
片手運転は危ないですよ。二人乗りも、ヘルメットなしも危ないです。ですが皆さん、慣れた様子で乗りこなしています。
あっという間に小さくなっていった班員さん達とバイク。数拍すると、ドカーンドカーンという音と、不審船から上がる火花や、何かが吹き飛ぶ様子が、デッキからよく見えます。
これが、特別遊撃班のいつものお仕事風景です。
ポイントとなるのは、以下の三つ。
一つ。只管武力に物を言わせて、相手を確実に制圧する。
二つ。多少の被害は気にせず、好きなように暴れて良し。
三つ。但し、無関係な相手は傷付けないこと。
非常にシンプル且つ分かりやすい指示です。
最低限のラインだけは守っているぞ、というアピールと、若干やりすぎても成果を上げれば問題ないだろう、という考えが、ひしひしと伝わってきます。
わたくし、常々思っているのですが。レオン班長の考える『問題のない範囲』とは、一体どの範囲なのでしょうか? 少なくとも、大砲は入っていないようです。正に今、ドッカンドッカン景気よく放たれているにも関わらず、平然とわたくしへミルクをあげ続けていますもの。
まぁ、乗組員の身元や犯罪の可能性をきちんと調べてからやっているので、取り返しの付かない被害は、今の所出してはいないのですが。しかし、本当にこれでいいのでしょうか、と、わたくし、未だに首を捻りたくなります。
「ん? シロ、もう腹一杯か?」
お口がお留守になっていたわたくしを見て、レオン班長は哺乳瓶を片付けようとしました。わたくしは慌ててゴム先を咥え、また元気良く吸っていきます。
そうして物騒な破壊音をBGMに、食事を続けていると、不意に、猫さんのような鳴き声が辺りに響きます。
見れば、ウミネコさん達が集まっていました。
大きな翼を広げ、特別遊撃班の船と、不審船の上を飛び回ります。
ウミネコさんは、鋭い目付きで下を見下ろすと、一気に降りていきます。そして、海や不審船の上から何かを咥えては離れ、また近付いていくという動きを繰り返しています。
あちらの不審船に、何か食べ物でもあったのでしょうか?
……まさかとは思いますが、人肉ではありませんよね?
いくらウミネコさんが雑食だとしても、制圧された方のお肉を、啄んでいるわけは、ありませんよね? ね?
しかし、ウミネコさんは、ミャーウミャーウと歓喜の声を上げながら、何か分からぬものをもりもり召し上がるのみ。わたくし、ドキドキが止まりません。
ついでに、時折わたくしを見る目付きが、何やら意味ありげと申しますか、こう、美味しそうなお肉だぞー的な色を帯びているような気がして、別の意味でもドキドキします。
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