5‐4.副班長さんとの秘め事です



『はぶふぅ……』



 楽しい時間は、あっという間にすぎてしまいます。



 ドライヤーが止まり、わたくしのお顔も元に戻りました。毛には多少大暴れしていた名残がありますが、消毒済みのブラシで梳いて頂ければ、あっという間に整います。シャンプーのいい匂いを纏った、一流のもふもふの出来上がりです。



『ありがとうございます、パトリシア副班長。お蔭で自慢の毛も綺麗になりましたし、さっぱりして心地良いです。やはりパトリシア副班長のシャンプーが一番ですね。最高です』


 首根っこを掴まれたまま、パトリシア副班長を仰ぎ見れば、パトリシア副班長は特にわたくしを気にすることなく、脱衣所の隅に置かれた荷物置き用の台へ向かいます。念入りに消毒液を吹き掛けてから、台の上へわたくしを仰向けに乗せました。



「動くのではありませんよ」



 そう言うと、パトリシア副班長は、シャワールームのお掃除を始めました。こちらも手慣れた様子で、さっさか進めていきます。



 そんなパトリシア副隊長を尻目に、わたくしはぐでんとお腹を晒したまま、天井を仰ぎ見ます。

 そして、頃合いを見計らいつつ、ゆっくりと瞼を閉じました。

 パトリシア副班長がお掃除している音を聞きながら、深呼吸を繰り返します。



 やがて、お掃除が終わったのか、辺りは静かになりました。

 パトリシア副班長らしき気配が、こちらへと近付いてきます。台の傍で立ち止まったかと思えば、そのまましばし沈黙が流れました。



「……戻りますよ。起きなさい」



 しかし、わたくしは目を開けません。寝ていますよーと言わんばかりに、プスープスーと鼻を鳴らすのみ。



「……はぁ」


 重々しい溜め息が落ちてきます。今にも淡々と罵られてしまいそうな雰囲気も、漂ってきました。

 ですが、ここで怯むわけにはいかないのです。折角のチャンスを棒に振ってしまいます。


 わたくしは、動くことも鳴くこともなく、大人しくお腹を見せ続けます。

 しばらくすると、静かな空間に、もう一つ溜め息が落とされました。



 かと思えば、徐に、ガサゴソと物音が聞こえ始めます。



 衣擦れの音に、内心にんまりとほくそ笑んでしまいました。



 わたくしは、パトリシア副班長に悟られぬよう、瞼をそーっと薄く持ち上げます。

 狭い視界に飛び込んできたのは、台の傍に立つパトリシア副班長の姿です。わたくしが目を瞑っている間に、防護服の上半身だけを脱いだようです。



 お顔に装着したガスマスクも、正に今、ゆっくりと外されていきます。



 色白美女のしかめっ面が、現れました。金髪の隙間から覗く耳は、エルフの特徴らしく、少し尖っています。



 パトリシアさんは、ご自分の上半身へ消毒液を吹き掛けると、寝転がるわたくしを、じーっと見下ろしました。眉間に皺を寄せ、口をひん曲げ、恐ろしく整ったお顔へ、むっつりとした表情を浮かべています。


 そのまま、ゆっくりと身を屈めました。

 視線はわたくしのお腹へ固定し、おへその辺りを睨み付けます。


 そして、一旦止まったかと思えば。




 ぽふんと、わたくしのお腹へ、綺麗なお顔を埋めました。




「……すうー……はぁー……」



 わたくしのお腹を、勢い良く吸われます。

 両手は、そーっとお腹の毛の表面を撫でていきます。ソフトタッチが若干擽ったいですが、ここで身じろいではいけません。僅かでも動こうものならば、パトリシア副班長は、即刻離れていってしまいますもの。なので、我慢です。声も出さないよう、わたくしはお口を固く結びました。



「……すぅー……ふぅー……」


 ゆっくりと、お腹から温もりが離れていきます。

 パトリシア副班長は、今度はわたくしの前足を掴みました。肉球の感触を確かめてから、徐に鼻を近付けます。



「……すぅー……はぁー……」


 一説によると、猫さんの肉球はポップコーンの匂いがするそうです。ならばシロクマの肉球は、一体どのような匂いがするのでしょうか? 一度嗅いでみましたが、わたくしにはちょっとよく分かりませんでした。けれど、パトリシア副班長には度々吸われているので、少なくとも良い匂いではあるのでしょう。




 しかし……パトリシア副班長程の潔癖症な方が、洗い立てとは言え、シロクマの子供の体に顔面を埋めるとは……何度見ても、感慨深い光景です。




 初めて見た時は、それはそれは驚きました。なんせ、洗濯直後にうたた寝をしていましたら、わたくしのお腹へ、金髪美女の顔が突き刺さっているのですもの。しかも、これでもかと匂いを嗅がれるのです。わたくし、己の目が可笑しくなったのかと思いました。もしくは、夢でも見ているのかしら、と、もう一度寝る態勢を整えましたね。


 ですが、全て現実でした。

 この日以降も、パトリシア副班長は、わたくしをこれでもかと綺麗に洗って下さる度、寝ているわたくしの匂いを堪能されるのです。



 まさか、パトリシア副班長が、匂いフェチだったなんて。夢にも思いませんでした。




 それからというもの、わたくしはパトリシア副班長に洗って頂いた後は、こうしてお腹を見せながら、寝たフリをしているのです。

 こちらへ辿り着くまでは、いく度もの失敗がございました。

 パトリシア副班長は、少々難しい性格の方ですので、わたくしのちょっとした態度ですぐにおへそを曲げてしまうのです。わたくしが起きている時は絶対に匂いを嗅がれませんし、台に触れた部分は汚れたと判断されるようで、寝返りを打ってもいけません。

 そもそも、身じろいだ時点で、パトリシア副班長的にはアウトなようです。すぐさま起こされますし、わたくしが起きていると悟られようものなら、お鼻をむぎゅっと摘ままれてしまいます。


 因みに、匂いを堪能した後に、楽しかったですか? という思いを込めてわたくしが見つめていても、お鼻をむぎゅっとやられてしまいます。

 しかし、こちらのむぎゅっは、わたくし、決して嫌いではありません。



 何故なら、パトリシア副班長の尖った耳が、ほんのりと赤く染まっているからです。



 つまり、二度目のむぎゅっは、照れ隠しということですね。



 結構な眼力で睨まれますが、しかし、美人の羞恥心溢れる表情の前では、全く怖くありません。大体わたくしは、パトリシア副班長がシロクマのお腹を嗅いでいる姿を、既に何度も見ているのですよ? わたくしの匂いを堪能する美女を、わたくしもまた堪能しているのです。

 普段ツンツンされている方が、二人きりになるとデレて下さる姿は、中々乙なものです。これぞツンデレの正しい楽しみ方だと、わたくし理解してしまいました。


 さぁ、パトリシア副班長。本日も存分にわたくしの匂いを楽しんで下さいませ。

 そのような気持ちで、わたくしはパトリシア副班長が嗅ぎやすいよう、一層ぐてんとお腹を曝け出します。



 そうしましたら、不意にパトリシア副班長と、目が合ってしまいました。



 いけません。狸寝入りがバレまし――むぎゅっ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る