5‐3.洗濯されます



「では、さっさと持ち場へ向かって下さい。既に二十四分の遅れが生じています。準備が出来次第、すぐさま業務を開始するように。いいですね?」



 そう言うと、パトリシア副班長は、素早く踵を返しました。ガオーンガオーンと掃除機を掛けた場所だけを踏みながら、出口へと向かいます。



「おい、パトリシア。シロをどこへ連れてく気だ」

「シャワールームです。こんな埃塗れな物体、野放しにするわけにはいきませんから」

「なら、俺が洗う」

「結構です。レオン班長は、一秒でも早く執務室へ向かって下さい。そして一秒でも早く業務に取り掛かり、終わらせて下さい」

「お前だって、仕事があるだろう」

「私は既に手を付け始めていますので。それに、本日の書類量と己の作業ペースから計算すると、一時間程の余裕があります。洗濯する時間は十分あると判断しました」

「……だが」

「いいからさっさと行って下さい。私抜きで残業したいのならば、話は別ですが」



 冷たく言い捨てて、パトリシア副班長はさっさと部屋を後にしました。ガオーンガオーンと廊下をお掃除しながら、シャワールームへ向かいます。


 そんなパトリシア副班長を、わたくしは首根っこを掴まれたまま、見上げました。

 四肢がぶらんぶらんして、正直居心地は悪いです。出来るならば、きちんとお尻を支えるように両腕で抱っこして頂きたいですが、潔癖症のパトリシア副班長には難しいでしょう。普段から身に纏っているのも、軍服ではなく、海上保安部のマークが入った防護服ですし、ガスマスクと掃除機も、基本的には手放しません。そのような方に抱っこを望む程、わたくしも酷い女ではございませんよ。




 パトリシア副班長は、エルフという種族の女性です。


 大抵のエルフは、森の中の集落で生まれ育ち、そこで一生を過ごすそうです。ですがパトリシア副班長は、重度の潔癖症ゆえ、土や虫、野生動物などに囲まれた生活が耐えられなかったようです。

 理想の清潔な暮らしを夢見て、森から出てきてパトリシア副班長は、それから様々な場所を旅し、いく度も不衛生さに絶望し、新たな掃除アイテムに喜び、その他なんやかんやあって、ドラモンズ国軍に所属することになったそうです。


 能力自体は相当高い方なので、数多くの部署から配属を熱望されたようです。しかし、どこの部署も、パトリシア副班長が納得出来るだけの清潔な環境を提示出来なかったらしく、中々所属先が決まらなかったそうです。

 そうなってくると、パトリシア副班長は、期待の新人から優秀な厄介者へと変わります。


 周りの目も痛いし、不衛生な職場だし、もうここから離れようか。

 そう考えていた時、パトリシア副班長は、出会ってしまったのです。

 


 リッキーさんお手製の、超強力掃除機と。



 もう即決だったそうです。

 丁度海上保安部の本部を訪れていたリッキーさんの元へ突撃し、自分用のコードレス掃除機と、ガスマスクと、防護服を作れるのかと問い詰め、作れると言われた瞬間、第一番隊の隊長さんへ直談判します。なまじ優秀なものですから、翌日には特別遊撃班に配属されるよう、もろもろの書類の準備や手続きを済ませたそうです。

 そうして現在、こちらで班長補佐として、辣腕らつわんを振るっている、というわけなのです。



 潔癖症のパトリシア副班長と、細かいことを気にしないレオン班長は、案外いいコンビなようです。他の班員さん達とも、概ね上手くやっているよう思えます。

 ただ、お掃除とお仕事に関しては、非常に厳しいです。

 まぁ、パトリシア副班長がいるからこそ、少数気鋭且つ人員不足な特別遊撃班は、円滑に回っていると言っても過言ではありませんので、皆さん大人しく言うことを聞いています。パトリシア副班長も、本質的にはレオン班長と同じく、やることをやっていれば何もおっしゃらないタイプの方なので、余計に皆さん、きちんとこなそうとされるのでしょうね。




 そのようなことを考えていましたら、シャワールームへ到着しました。最早わたくし専用の風呂釜と化したバケツへ、ぽいっと放り込まれます。



「そこで大人しくしていなさい」



 ガスカスク越しにわたくしを見下ろすと、パトリシア副班長は、シャンプーの準備をしていきます。手慣れているのは、度々わたくしを洗って下さっているからでしょう。もしかしたら、特別遊撃班の中で、一番洗って頂いているかもしれません。


 というのも、どうもパトリシア副班長の目には、わたくしが相当汚く映るみたいです。他の方が気にならない程度の汚れでも、有無を言わさずに首根っこを掴み、シャワールームへ連行します。

 そういった経験が何度もありますので、わたくしも、パトリシア副班長に洗って頂くのは慣れたものです。




 無言で顔面へシャワーを浴びせられるのも、もう慣れました。




『ごぼぼぼぼぼぼぼ』



 パトリシア副班長は、わたくしを洗濯中、一切お喋りはしません。淡々とお湯を掛け、淡々とリッキーさんお手製のシロクマ用シャンプーを塗り込み、これでもかと念入りに洗ったら、無言で泡を流していきます。



『ふぶぶぶぶぶぶぶ』



 顔面へのお湯攻撃を耐え凌げば、洗濯終了です。トリートメントはしません。しなくとも、わたくしの自慢の毛はふわっふわのつやっつやです。

 流石はリッキーさんが作ったシャンプーです。効果が半端ありません。またわたくし、皆さんに囲まれながら、撫でられてしまいます。うふふ。



 なんて思っていましたら、不意に体が浮き上がりました。



 パトリシア副班長が、わたくしの首根っこを掴んで、シャワールームを出ます。脱衣所の隅に置かれている、リッキーさん特製強力ドライヤーの元へと向かいました。

 形としましては、レンズのない虫メガネのような感じです。輪っかになっている部分から熱風が吹き出し、一気に水分を飛ばすと共に、濡れた毛を乾かしてくれるのです。


 その輪っかの中に、わたくしは突っ込まれます。



 途端、三百六十度から、強力な熱風がわたくしに襲い掛かりました。



『あばばばばばばば』



 全身の毛という毛が、大暴れです。ついでに皮膚も盛大に靡き、わたくし、大変なことになっております。

 ですが、決して嫌いではありません。

 この何とも言えぬ感覚が、中々癖になるのです。楽しみすぎて、時々お口から涎が垂れてしまいそうになります。しかし、そんなことをしようものなら、またパトリシア副班長に顔面を中心に洗い直されてしまいますので、一生懸命飲み込みます。

 けれど熱風のせいで、お口が勝手にめくれ上がりまあばばばばばばば。



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