5‐1.不覚な目覚めです
……不覚です。
不覚としか、言いようがありません……。
まさか、寝返りした拍子に、ベッドと壁の間に挟まるとは思いませんでした。
普段はレオン班長の腹筋をお布団代わりにして眠っているのですが、この日は少々暑かったからでしょうか。わたくしは涼を求めて、腹筋布団から転がり降り、ベッドシーツの上に腹ばいとなりました。
シーツが温くなってきたら、転がって冷たい場所へ移動し、また温くなってきたら、転がって冷たい場所へ移動し、と繰り返していたら、いつの間にかレオン班長の足元まできていたみたいです。
ですが、わたくしも寝ぼけておりましたので、ベッドの縁に到着したとも気付かず、いつもの調子でころーんと転がってしまいました。
瞬間、襲いくる浮遊感と、落ちる感覚。
ドスン、という衝撃も、体に走りました。
わたくし、びっくりして思わず飛び起きました。
けれど、何故か体は動きません。
はて、と辺りを見回せば、そこは見知らぬ場所。妙に狭く、暗く、埃っぽいです。
一体何が起こったのか分からず、取り敢えずもがきながら、レオン班長を呼びます。
すると、レオン班長はすぐさま気付いてくれました。
「シロッ!?」
と、慌てたような声で、何やらドタバタとしています。近くにいるとは分かるのですが、生憎姿は見えません。わたくしの背後で、
「何でこんなとこに……っ」
やら、
「くそっ、届かねぇっ」
やらと呟いては、舌打ちをしています。
レオン班長の様子から、わたくしは、自分がベッドと壁の隙間に落ちたのだと、この時ようやく理解しました。成程。どうりで埃っぽい筈です。普段このような場所までお掃除はしませんものね。
しかもこちらの船は、陸海空対応に加え、戦闘もこなしますので、家具は倒れないよう全て固定されています。よって、ベッドを動かしてわたくしを救出する、ということも不可能です。
『レオン班長、レオン班長。ここは一つ、リッキーさんを呼ばれてはいかがでしょうか? リッキーさんならば、ベッドを固定している金具を外して下さると思います。そうしてベッドを壁から離し、わたくしを引っ張り出して頂けたらよろしいかと』
レオン班長を落ち着かせようと、至極穏やかな口調で、語り掛けました。
そうしましたら、レオン班長は、今気付いた、とばかりにはっと息を吸います。
「待ってろシロ。すぐに助けてやるからなっ」
部屋から、勢い良く出ていきました。きっと、リッキーさんを呼びに行かれたのでしょう。
ですが、レオン班長ったら。ライオンさんの耳に付けているカフス型通信機を使って、リッキーさんへ声を掛ければよろしいのに。そこまで気が回らなかったのですね。レオン班長は、案外うっかりさんのようです。
わたくしは、このような状況ながら、どこか微笑ましく感じてしまいました。
そんなわたくしの耳に飛び込む、けたたましいアラーム音。
『てめぇらっ! 緊急事態だっ! 今すぐ俺の部屋に集まれっ!』
レオン班長の声が、全体放送で掛かります。
まさか、ここまで取り乱しているとは思いませんでした。
勢い良く近付いてくる複数の足音。
部屋に飛び込み、いつでも戦える雰囲気満々に声を上げる班員さん達。
そのような空気の中、発見されるわたくし。
驚く皆さんに事情を説明しようとするも、いかんせんシロクマですから、ギアーギアーと鳴くしかありません。
結果、阿鼻叫喚です。
「シ、シロォォォッ! なんでこんなことになっちまったんだぁぁぁーっ!」
「馬っ鹿野郎っ! 周りには気を付けろって、あれ程言ったじゃねぇか……っ!」
「ちょ、ちょっと待っててねシロちゃんっ! すぐに金具外すからねっ!」
「退けリッキーッ! そんなちまちまやってる暇あるかっ! こんなもんなぁ、ぶっ壊しゃいいんだよっ! ぶっ壊しゃあっ!」
「なに馬鹿なこと言ってるんだいっ! あんたの武器なんかでベッド壊したら、シロが巻き込まれるかもしれないじゃないかっ!」
「そうだよっ! シロが怪我でもしたらどうするんだいっ!」
「じゃあどうしろってんだっ! こうしてもたもたすればする程、シロは苦しい思いするんだぞっ!? このまま指咥えて見れろってのかっ!」
うーん、うーん、と、わたくしの救出方法を、一生懸命考えて下さっている気配がします。
あの、皆さん、落ち着いて下さい。わたくしは大丈夫ですので。ね? まずは一度冷静になりましょう。それからベッドの金具を、ゆっくりと外して頂ければ――。
「そ、そうだっ! 俺、聞いたことあるっ! 指から指輪が抜けなくなった時は、油を塗って滑りをよくすれば取れるってっ!」
「あっ、それ、あたいやったことあるよっ! 指輪の周りを油塗れにすれば、確かにきゅぽんと外れたねっ!」
「ってことは、油を使えば、嵌っちまったシロもきゅぽんと引っこ抜けるってことかっ!」
「よしっ! なら急いで食堂から油持ってこようぜっ! ありったけなっ!」
大変です。
わたくし、このままでは油塗れにされてしまいます。
一応すぐさま、
『お、お気持ちだけで結構ですのでぇっ!』
と、叫んだのですが、残念ながら届かなかったようです。いくつもの足音が、勢い良く遠ざかっていきました。
『リッキーさん、リッキーさんお願いです。どうにか油が到着する前に、ベッドの金具を外して下さい。わたくし、善意からの行動だとは理解しておりますが、だからと言って、自慢の毛が油でべたべたにされるのを容認出来る程、心は広くないのです。どうにか回避したいので、早急に作業を進めて下さい。本当にお願いします。本当に』
しかし、ベッドが動く気配はありません。
背後では、未だに皆さんが大騒ぎしております。
しかも随所随所で、
「油、足りるか? なんなら、俺が使ってるライターのオイル、持ってくるぞ?」
やら、
「あたいに任せな。油の塗り方はばっちり心得てるからね」
やら、
「レオン班長も、いいよな? 今は緊急事態だから、多少部屋が汚れても」
やらという発言が聞こえてきます。
わたくしの聞き間違えでなければ、
「あぁ、存分にやれ」
という言葉も聞こえたような気がします。
レオン班長の声だったようにも思えましたが、わたくしの勘違いであると心から祈っております。
大体、存分にやってわたくしが救出された後、一体どなたがお掃除をするのですか。お部屋だけでなく、油塗れのわたくしも洗わなければならないのですよ。
全身の毛という毛が油を吸った状態のわたくしを洗うのは、非常に重労働だと容易に想像が出来ます。ですからここは一つ、油作戦は取り下げましょう。ね。それがレオン班長の為であり、ひいては皆さんやわたくしの為にもなりますから。ね。
と、わたくしは、着々と油を塗りたくる準備を進めるレオン班長に、一生懸命語り掛けます。油を垂らしても大丈夫なよう、片付けとかしなくて結構ですから。一回手を止めて、冷静になりましょう。
「大丈夫だからな、シロ。すぐに助けてやるから、待ってろよ」
わたくしに声を掛けて下さる優しさがあるのならば、是非とも油を取りに行った班員さん達を止めてきて欲しいです。リッキーさんも、油の到着を待っていないで、さっさとベッドの金具を外して下さい。どう考えても、ベッドを動かした方が早いでしょう。後片付けもしなくて済むのですから、そちらの作業を進めて下さい。お願いしますから。
背後から聞こえてくる不穏な会話を余所に、わたくしは必死で神様に祈りました。
神様、どうかお願いです。誰でも良いので、どうか冷静にさせて下さい。そして、どうか油塗れを回避させて下さい。
身動きが取れないので、前足を合わせる代わりに、尻尾を振って懸命に頼みました。
そうしましたら、わたくしの耳に、独特な機械音が入り込んできます。
段々と近付いてくる、ガオーンガオーンという音に、思わず天を仰ぎました。
神様は、どうやらわたくしを見捨てはしなかったようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます