4‐3.第二の上級者です
わたくしは、少々高い位置にある座面を、見上げます。位置とよじ登るルートを確認すると、気合の鼻息を吐き出しました。そうして、えいやと前足を掛けます。ソファーの足を伝いながら、後ろ足だけで立ち上がりました。
『せーの、よいしょーっ』
床を蹴り、前足に力を入れます。飛び上がる勢いを利用して、己の体を持ち上げました。落ちる前に、後ろ足を僅かな出っ張りに素早く引っ掛け、ソファーにしがみ付きます。
この時、お尻を大きく突き出す恰好となりますが、気にしてはいけません。
例え、背後から盛大に鉛筆が振るわれる音が聞こえてこようとも、気にしてはいけないのです。
ここで振り返ろうものなら、まず間違いなく落っこちてしまいます。そうしましたら、もう一度最初からやり直さなければなりません。それは少々面倒臭いのです。
えいやーっ、よいしょーっ、と掛け声を掛け、どうにかよじ登っていきます。
途中、何故か、ファイトー、いっぱーつ、と言いたくなりました。ソファーに座ることと、一体どのような関係があるのでしょうか? レオン班長をはじめ、特別遊撃班の皆さんが言っている所に遭遇した覚えもありませんし。ふーむ、謎です。
『あどっこらしょーっ』
ようやく天辺に到着しました。雑念に気を取られ過ぎることもなく、油断して足を滑らせることもなく、無事に上り切ります。自分で自分を褒めてあげたいですね。
ふむん、と息を吐き、わたくしは早速休憩すべく、座面へ寝そべります。腹ばいとなり、触り心地抜群なソファーに身を委ねます。
途端、耳に入ってくる、何かを描く音。
顔の角度だけを変え、わたくしは音源を振り返りました。
いつの間にか、アルジャーノンさんが床に座っていらっしゃいます。寝転がるわたくしと同じ目線となり、勢い良く鉛筆を動かし続けます。
そんなアルジャーノンさんの視線が向いている場所は、わたくしの真ん丸なお顔ではなく、肉球の柔らかな後ろ足でもなく、ふんわりと緩やかなカーブを描く、お尻です。
アルジャーノンさんは、わたくしのお尻が大好きなのです。
シロクマのお尻限定で好きなのか、動物全般のお尻が好きなのか、はたまた人間もストライクゾーンに入っているのかは、定かではありません。ですが、少なくともわたくしのお尻には、異常な程惹き付けられるらしく、暇があればこのように描き止めていらっしゃいます。
もしわたくしが人間でしたら、立派な逮捕案件です。
この距離感での凝視からのスケッチですもの。そりゃあ変質者として捕まるでしょう。
しかし、一つだけフォローするとしたら、アルジャーノンさんは、わたくしのお尻へは一切手を出しません。イエス熊ケツ、ノータッチの精神の元、日々わたくしのお尻を愛でては描いていると、そういうわけです。
まぁ、要はリッキーさんとは違うタイプの上級者ということですね。
さてと。
大方疲労も回復したことですし、そろそろ遊びを再開しましょうか。
『よっこいしょっと』
ソファーの座面から降りるべく、腹ばいのまま少しずつずり下がっていきます。勿論、後ろ足からです。またもやお尻を突き出す形となってしまいましたが、決してアルジャーノンさんへのサービスではありません。
よいしょ、よいしょ、と慎重に四肢を動かし、わたくしは無事床へと着地しました。
ふぅ、と一息吐くと、視界の端に、妙に低い体勢で絵を描くアルジャーノンさんの姿が映ります。所謂、ローアングルという奴です。そこまで舐めるように見つめられると、流石にわたくしも見て見ぬふりは出来ないのですが。
と、いう気持ちを込めて、ちらりと一瞥します。
するとアルジャーノンさんは、はっとしたようにドラゴンの羽を広げました。そそくさと上体を起こし、何事もなかったかのように鉛筆を指で回し始めます。視線も明後日の方向を向き、消音器を首へ付けていなければ、口笛でも吹いて誤魔化していそうです。
床に座り込んだままの時点で誤魔化し切れていないと思うのですが、まぁ、アルジャーノンさんがそういうおつもりならば、わたくしもお付き合いするとしましょう。
わたくしは、何食わぬ顔で歩き出します。近くのブランコへと向かいました。
こちらのブランコ、座る部分が板ではなく、タイヤで出来ています。タイヤに乗ってぶらぶらするなんて、まるで気分はパンダさんです、と、最初は心躍ったものです。
ですが、こちらもアルジャーノンさんの策略の一つでした。
考えてもみて下さい。鎖でぶら下げられたタイヤに座りながら、ぶらぶらと揺れるのですよ? しかも座面であるタイヤは、真ん中に穴が開いているのです。そこへわたくしが座ったら、一体どうなるでしょうか?
正解は……。
『……穴に嵌ったお尻が、下から見えてしまう、でしたー』
タイヤにぶらぶら揺られながら、わたくしは、ちらと視線を下げます。
アルジャーノンさんが、仰向けに寝転がりながら、スケッチをしております。
ドラゴンの羽が下敷きになるのもお構いなしに、鉛筆の動きを止めません。
僅かでも見逃すものか、と瞳孔を開くその姿は、最早ただの変態です。
『わたくしがシロクマで、本当に良かったですね』
でなければ、ドラモンズ国の王子が、強制わいせつ罪で逮捕されている所でした。反面、王子にそこまでさせてしまったわたくしのお尻もまた、罪深いと言っても過言ではないでしょう。
ということで、ここは一つ、示談ということでどうでしょうか。
そんな気持ちを込めて、尻尾をぷりっと揺らしておきました。
鉛筆の走るスピードが上がったので、交渉成立と考えて良いでしょう。
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