4‐2.医官さんの計略です



 よし、と心の中で頷き、わたくしはまず、一番手前にあります遊具へと向かいました。

 何と言う名前かは分かりませんが、高低差のある骨組みに、伸縮性のあるネットが張られ、その上を歩いて渡っていくという遊具です。イメージとしましては、よじ登るタイプのアスレチックに、トランポリンがくっ付いた感じでしょうか。例え転がり落ちても、ネットがわたくしを受け止めてくれるので、安全面もばっちりです。



 では、早速。

 わたくしは、前足を網目に引っかけ、よじ登り始めました。後ろ足でネットを蹴り、不安定な足場の上を、よいしょよいしょと進んでいきます。天辺まで昇りましたら、今度は下りていきます。

 ここで大切なのは、足を滑らせて転げ落ちないことです。落ちた勢いとネットの伸縮性で、ぽよんぽよんといい時間跳ね飛ばされる羽目となります。

 まぁ、これはこれで楽しいのですが、しかし、体勢を整えるまもなく宙へ放り投げられ、時にお尻から、時に顔面から着地しては、また宙を舞わなければならないのです。わざわざ無様な姿を晒したいわけでもありませんので、ここは一つ、慎重に行きたいと思います。



『あ』



 後もう少しで傾斜が終わる、と油断したのがいけなかったのでしょう。つるりと足が滑ってしまいました。



 わたくしの体は、ころりんと転がり落ちていきます。



『あーれー』



 連続でんぐり返りを計らずともご披露し、その後は意図せずトランポリンで遊ぶ羽目になりました。幸い、左程高い場所からの転落ではなかったので、顔面をネットにめり込ませることもなく、トランポリンを終了出来ました。

 ふぅ、良かったです。もしもっと高い位置から転げ落ちていましたら、今頃はまだまだジャンプを強いられていたことでしょう。


 ほっと胸を撫で下ろすわたくしの耳に、つと、鉛筆の擦れる音が入ってきます。



 見れば、アルジャーノンさんが、こちらを見ながらスケッチブックへ鉛筆を走らせているではありませんか。



 ……これは、完全に記録されていますね。

 むむ、と思わずお口を尖らせてしまいます。耳も、心なしか熱くなってきました。


 別に、モデルを務めるのが嫌なわけではありません。ですが、わざわざわたくしが失敗した瞬間を描かなくとも良いではありませんか。せめてもう少し素敵なと申しますか、可愛らしい姿を描き残して頂きたかったです。

 まぁ、シロクマの子供が足を踏み外して、ネットの上を転がり落ちた挙句、ぽよんぽよんと跳ね飛ばされる様は、ころころとして愛らしいのかもしれませんが。しかし、わたくしにも羞恥心はあるのですよ? その辺りを、もう少し考慮して頂きたいですね。



 全くもう、とわたくしは、八つ当たりするかのように、ネットの上を力強く進んでいきます。傍から見れば、さぞぷりぷりと怒っているかのようでしょう。ついでにお尻もぷりぷりしてしまいます。



 よじ登るタイプのアスレチックを攻略すると、今度は滑り台へ向かいます。階段を上り、斜面をするーんと滑り降りました。降りた先はボールプールとなっており、わたくしを優しく受け止めてくれます。ボールプールの海を泳ぎ切ったら、また階段を上り、滑り降ります。時たま滑る面からよじ登ってみたりもします。気分はアスリートです。



 そうして一頻り遊ぶと、わたくしは、さり気なく後ろを確認します。

 アルジャーノンさんの手は、一向に止まりません。リズミカルに鉛筆を操り、スケッチブックのページを何度も捲ります。


 心なしか、椅子の位置もこちらへ近付いているような気がします。まぁ、いつものことです。気にせず続きを楽しむとしましょう。



 わたくしが新たな遊具で運動をする度、鉛筆が勢い良く振るわれ、またアルジャーノンさんとの距離も縮まっていきます。気が付けば、アスレチックゾーンの横へと椅子を置いていました。毎回こうなるのですから、初めからその位置でスケッチを始めたら良いのではないでしょうか。

 しかしアルジャーノンさんは、頑なに普段使っているテーブルの前から始めます。何かしらの意味があるのでしょうか。シロクマなわたくしには図り知れません。




『ふぅー』



 程好い疲労感が、全身を包みます。そろそろ休憩に入るとしましょう。



 わたくしは壁際へ移動し、遊具の合間に置かれている休憩用のソファーへ向かいました。

 子シロクマ用なので、非常に小さいです。高さも、人間用と比べると遥かに低く作られています。しかしわたくしにとっては、座面までの距離が若干高いのです。全く届かないわけではないのですが、少々頑張らないといけないと申しますか、一発で乗り上げられないと申しますか。

 兎に角、絶妙に微妙なサイズ感なのです。


 最初わたくしは、設計ミスなのかと思いました。ですが、あのリッキーさんが、このような煩わしさを覚える代物をわざわざ作るとは思えません。とすると、何かしらの意図があった筈です。その意図とは一体何か。

 わたくしは考えました。その結果、わたくしの成長を見込んで、少々大きめに作ったのだろうと、そう結論付けました。


 子供はあっという間に育つものです。きっとリッキーさんは、わたくしが長く愛用出来るようにと考えて、こちらのサイズにしてくれたのだろうと、わたくしは、少し前まで信じていました。



 ですが、真実は違います。



 全ては、アルジャーノンさんの計算通りだったのです。



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