4‐1.医官さんと一緒です



 わたくし、本日は、医務室に預けられるようです。

 独特の匂い漂う室内に足を踏み入れると、ドラゴンさんの獣人である、アルジャーノンさんが出迎えてくれました。鱗に覆われた手を軽く挙げ、ドラゴンの羽を一度開閉させます。



 レオン班長は、いつものようにわたくしとの別れを心行くまで惜しむと、足取り重くお仕事へ向かわれました。本日もいい時間こちらへ居座っていましたね。きっと副班長のパトリシアさんから、お叱りを受けることでしょう。ですが、そのようなものを気にするレオン班長ではありません。例え呼び出しを食らっても、わたくしをぐだぐだと撫でるのを止めないのです。

 班を纏める長が、そのような体たらくで良いのでしょうか、と心配になりますが、シロクマに出来ることなど何もありません。なので、せめてレオン班長が職を失わないようにと、心から祈るばかりです。


 だって、レオン班長が無職になりましたら、一体どなたがわたくしを養って下さるのですか。

 今更野に放たれても、数秒で息絶える自信がありますからね。拾ったからには、最後まで責任を持って育てて下さいよ。お願いしますからね。



 わたくしが切に願っていると、ふと、何かが擦れる音が耳に入ってきました。



 見れば、アルジャーノンさんが、スケッチブックへ鉛筆を走らせています。




 アルジャーノンさんは、医官という、医者も務める軍人さんです。衛生兵と言った方が分かりやすいでしょうか。

 班員さん達が怪我などをした際、治療を担当する為、普段からこちらの医務室に待機しています。ですが、特別遊撃班の皆さんは、滅多に怪我をしません。した所で、


「これ位、唾付けときゃ治るってっ!」


 と、言い張り、絶対に医務室へ近寄らないのです。その姿は、まるで病院を怖がる小さな子供のようでした。



 まぁ、そういうわけで、医務室は常に閑古鳥が鳴いている状態なのです。当然、アルジャーノンさんも仕事がありません。なので、こちらにいる間、アルジャーノンさんは、大抵趣味の絵を描いていらっしゃるのです。非常にお上手で、特にわたくしのように毛皮を持つ動物や、もふもふとした種族の獣人の表現が秀逸だと思います。

 今も恐らく、中々仕事へ向かわないレオン班長と、それにお付き合いするわたくしの姿でも描いているのでしょう。ご機嫌にドラゴンの尻尾を揺らしています。口元も緩み、陽気に鼻歌でも歌い出しそうです。



 ですが、アルジャーノンさんが歌うことはありません。


 それどころか、普段から一言も発しないのです。



 その原因は、アルジャーノンさんの首に装着されている、チョーカー型の消音器にあります。



 消音器というのですから、勿論音を消してしまう装置なのですが、では何故そのようなものを、アルジャーノンさんは常時身に付けているのでしょうか。



 それは、アルジャーノンさんの体質に理由があります。




 アルジャーノンさんは、なんと発した声が、全て衝撃波となってしまうのです。




 わたくしはまだその現場に遭遇しておりませんが、班員の皆さんの話によると、それはそれは凄い破壊力なのだそうです。もう、

 ドゴォォォーンッ!

 ザッパァァァーンッ!

 ズガガガガガァァァーッ!

 と言った感じなのだとか。全然分かりませんでしたが、兎に角凄まじいのだと言いたかったのだろうと思います。



 声が衝撃波となってしまう現象は、ドラゴンさんの獣人の子供には、よくあることだそうです。

 ドラゴンさんの獣人は、特殊な喉をお持ちのようで、幼い頃は制御が上手くいかず、感情の揺れに合わせて意図せず放ってしまうのだとか。赤ん坊の頃などは、笑っては親を吹き飛ばし、泣いては壁に穴を開け、癇癪を起こしては、部屋にあるものを手当たり次第破壊していくのだそうです。


 ですが、成長するにつれて段々と制御出来るようになり、また声変わりと共に能力自体も落ち着いていきます。そうして大半のドラゴンさんの獣人は、日常生活を普通に送っていけるようになるのです。

 しかし、そこにはやはり個人差というものがあるみたいです。

 特に潜在能力が高い方は、衝撃波の威力が生まれつき強すぎるがゆえに、大人になっても上手く制御出来ない場合が少なからずあるのだとか。


 それでも、アルジャーノンさんのように、常に消音器を付ける程となると、数十年に一人いるかいないか、というレベルなのだそうです。



 恐らく、ですが。

 アルジャーノンさんの衝撃波が強力なのは、その血筋が理由なのではないでしょうか。




 何を隠そう、アルジャーノンさんは、このドラモンズ国の王子様なのです。




 上から五番目だか六番目だかのお子さんらしく、王位継承権はあるものの、まず回ってこないであろうポジションだそうです。ご家族とも仲が良く、当人の人格にも問題はありません。ただ、衝撃波が強烈なだけなのです。ですが、それが最大の問題でもありました。


 迂闊に喋れないとあっては、王族としての公務も満足にこなせません。ご家族は、アルジャーノンさんの体質に、とても悩まれたそうです。


 しかし、当のアルジャーノンさんは、左程気にしていませんでした。あっさりと軍へ入ると、人員が少ない、且つ、外回りが多い、且つ、ちょっとやそっとでは動じないメンバーで構成されている特別遊撃班に、配属を希望したのだとか。



 初めは軍の上層部も、王子様を厄介者達の吹き溜まりへ入れるのは、難色を示したそうです。けれど、本人の強い希望と、他の部署ではどう頑張っても迷惑を掛けてしまう衝撃波の威力、そして、超高性能の消音器を作れるのがリッキーさんただ一人であったことなどから、仕方なく承諾をすることとなったようです。




『アルジャーノンさん、アルジャーノンさん』


 歩み寄りますと、アルジャーノンさんは、スケッチブックからわたくしへ視線を移しました。


『本日はお世話になります。わたくし、いつものように良い子にしておりますので、アルジャーノンさんも、お好きにお過ごし下さい』


 ギアーとご挨拶をすれば、アルジャーノンさんはゆるりと目を細め、わたくしの頭を撫でてくれました。その手付きに、思わずうっとりと顔を緩めてしまいます。特別遊撃班内でも、一・二を争うテクニックの持ち主です。鱗のざらりとした感触も、また心地良いです。



 一通り撫で終えると、アルジャーノンさんはまた絵描き作業へ戻りました。わたくしも、レオン班長がお迎えにくるまで時間を潰すべく、踵を返します。そうして、わたくし専用のアスレチックゾーンへと向かいました。


 アルジャーノンさんは、本当に良い方です。わたくしがつまらなくないようにと、医務室の一角を遊び場へと改造して下さったのです。制作には、勿論整備士のリッキーさんが関わっています。

 子シロクマサイズの遊具がいくつも設置されているお蔭で、船の中でも目一杯体を動かせます。また、休憩スペースも用意されているので、疲れたらそちらで寝転がり、体力の回復に努めます。更には、催した時用のトイレも完備です。正に至れり尽くせり。本当にありがたい限りです。



 まぁ、完全なる善意で用意して下さった、と言えないのは、少々残念なのですが。



 しかし、その辺りを加味した所で、わたくしには有り余るメリットばかりです。リッキーさんのように身の危険を感じることもありませんので、ここは一つ、気にしない方向でいくとしましょう。



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