帰り道にて

@ZKarma

第1話

目の前に、在り得ない死体が転がっていた。


 「これ、何だと思う?」

 「さぁ…」


そもそもこれは死体なのか?

腐臭がする。四肢がある。ピクリとも動かず、ボロボロになった衣服らしき布の隙間から覗く損壊したと思しき箇所には、血らしき黒いものも付着している。

 「これ、朝は無かったよね」

 「多分」


まず、腕が一本多かった。次に、頭部には眼らしきものが存在しなかった。挙句の果てには胸には乳房が四つあった。


 「ねぇ、ここ見てよ」


享子はつま先でソレをひっくり返す。

ゴチャリ、と音を立ててうつ伏せになったソレの背部は、大きく抉れた箇所が伺える。


 「熊が食い千切った痕にそっくり。これが致命傷だったみたい」

 「熊って…この辺に居るの…?」


人のカタチからは明らかに外れた異形のパーツ。それが通学路の脇道に転がっているというシチュエーション。そしてなにより、それを平然と足蹴にしてしげしげと観察している幼馴染の存在が、非現実的な印象を伴って奇妙なほどに私を落ち着かせていた。


 「熊が居るのはもっと北の地方だよ。こいつを殺したのは―――」

 「もういいよ。気持ち悪いし、さっさと警察に通報して帰ろうよ…」


非現実感が先立って死体そのものには嫌悪感を憶えないが、この状況そのものが不気味だった。


 「ねぇ、蝉の声が聞こえないね」

 「え?」


だしぬけに享子が奇妙なことを言い始めるのはいつものことだ。

しかし、言われてみれば妙に静かだった。

時折絶滅させたくて仕方なくなるクマゼミの騒音が、いつの間にか止んでいる。

 「多分、これを視ることを切掛けにレイヤーが移る仕掛けなんじゃないかな。ほら、何て言うんだっけこういうの…海老で鯛を釣る、みたいな?」

 「ちょっと、何を言ってるのか分かんないけど、つまりヤバいってこと?」


後ろから、草をかき分ける音と、呻き声に似た何かが聞こえる。


「どうだろ。ヤバいって程じゃないけど、帰るのは遅くなるかも。時間の流れが違うんだよね、こういうトコって」


立ち竦んでいた私を、享子はグイと傍に引き寄せる。

彼女の手にはいつの間にか鉈のような刃物が握られていた。


「いっそ、私の家に泊まろうよ。久しぶりじゃない?なにしよっか。映画でも見る?」


享子は徐々に近づく何かの気配に欠片も動じずにいつもの調子で話しながら、大振りな刃物がバトンのように一回転させた。


「それじゃあ、チャチャっと済ませて帰ろう。お腹が空いてるのは、私たちも一緒なんだからさ」

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