道化と姫君の竜退治

 一目見て気に食わない女だと思った。

 いや、それは誇大表現か。正確には、出会ってから三日も経てば心底うんざりさせられた。


 欠点をあげつらえばマイナス300点だが、美点をあげていくと120点、採点者によっては500億点行くことも有る(これはつまり、特定の個人にとってはかけがえの無い存在なのを意味する、まあ、一種の諧謔だ)。彼女はつまりは、その様な佇まいと生き様をした女だった。

 言いたい事を言い、したい事をし、言うべき場面でNOと発する。こういう風にやっていく人間は、まあ大体はこうした点数に落ち着くものだ。


 ひるがえってこの私め。人生はアベレージ75点、落としてはならぬ場面はキッチリ100点獲るのを信条にやって参りました。程々に邪魔にならない存在感を示しつつ、足は引っ張らない。求められたら失敗はナシ。こうして、世界に存在することを勝ち取って来たのだ。


 羨ましいかって? いや、別に。


 小器用な性質をしているのは私が私として産まれた、大事な性質だ。私は私の人生にオーケーを出しているし、その判断基準は他ならぬ私以外の誰にも譲る気は無い。

 ……とまあ、方向性は違えど私自身も中身は大概に偏屈なのだな。そんな訳で、会って三日でうんざりした例のマイナス300女と、どういう訳だか半年後にはつるんでいるのだった。

 確か、会話の切っ掛けは本の趣味が近いことだった。しかし今ではその日の食事の話からテレビでやってたドキュメンタリーまでの種々雑多な、つまりはどんなトピックスでも手あたり次第に語り合うのが常態化している(相手が知らない事でもお構いなしだ。なに、知らないことなら手元の板で検索しながらああだこうだ言い合えば良い)。ので、もはや共通の話題という線引きもどっかに消え失せていた。


 そうして、まあ、並みよりは少し踏み込んで仲良く過ごす中ではお互いの立ち入った事情もなんとなく知り合うようになる。

 お互い、方向性は違えどそれなりに家庭や社会をやっていく中で苦労しているなあ、というのが双方の共通見解であった。まあ皆けっこう頑張って生きてるよね。


 そんなこんなで学生時代につるみ始めた500億点女とは、お互いに社会の荒波に漕ぎ出したり、結婚したり(アベレージ75点の方が)、離婚したり(同上)、独身会じゃーとゲヘゲヘ荒れつつも楽しく数年過ごしたかと思ったら、なんと結婚したり(今度は500億点の方が、だ)。


 そして今、私の親友の首から下には無数の傷跡がある。宥めすかして殆ど無理やりにひん剥いたら、これだ。


 あの男、絶対に殺す。


 鎖につないで日々責めたてれば、奴隷らしい人間性に仕上がって行く。人間はそういう仕組みをしていて、彼女もまたその通りの振る舞いをするようになってしまっていた。

 おどおどと視線を彷徨わせる表情も、傷んだ髪の毛も、よどんだ顔色も、彼女から人間的魅力の一切を剥ぎ取ってしまっていた。顔立ちもスタイルも、殆ど変わっていないのに。全身をうっすらと覆うよどんだ雰囲気はそれらをすっかり覆い隠している。


 遠方に嫁いで没交渉になり早数年、SNS越しなら上手く糊塗していられた諸々が、こうして対面してみれば何もかもあからさまだった。

 アンタ、旦那に殴られてむざむざ諦めるような奴じゃなかったでしょ。何やってるんだよ本当に。


 最後の「何やってるんだよ」は、何より私自身に向けるべきなのもわかっている。もっと早く気付ければ、と想像してしまうのは止められない。


 しかし、今すべきは怒ったり泣いたりすることじゃ無いだろう。それは、後で自分一人で存分にしたら良い。


 私は、親友の肩に手を置いて、彼女の眼を真っ直ぐに見ながら伝えるべきことを述べる。


「アンタは、殴られて当たり前の人間なんかじゃ、絶対に無い」


 恐ろしいことに、この言葉だけで彼女の瞳には再び闘志が宿る。


 ……マイナス300からプラス500億の振り幅を自分に許す人間とは、与えられた人生を正面から受け入れた上で主人公として生きることを選ぶような奴だということだ。羨んでいるのか? と問われれば「別にそうでも無い」と答えるだろう。

 が、しかし一方で私の様な道化とはまるで違うその在りかたもまた敬意を払うべきなのを、私は知っている。


 仮に世界中から唾を吐かれたとて、誰かが差し出す「あなたには価値がある」を受け止められる奴というのは、つまりはお姫様なのだ。そう、お伽噺に出てくるような。

 ちっぽけな個人を勇士特別な人間に変える、特別な人間姫君


 しかし馬鹿勇者になりきれない私は、己の手で竜退治をする糞野郎にショットガンをお見舞いする代わりに彼女の手を引いて然るべき施設に叩き込んだ。


 そして、その足で同僚に連絡を取る。知人の弁護士にアポを取って貰うためだ。


 道化には道化の戦い方が有るのだ。それを思い知らせてやろう。


 あの男、絶対に殺す。だ。

 私は持てる小器用さと、それによって培った広く浅い人脈を利用して、奴に赤っ恥をかかせつつも逆恨みされないギリギリの一線をどう炙り出すかについて真剣に思考を巡らせ始めた。


【50分】

テーマ;【ヒロインとの遭遇】

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