服装検査は入念に

 前口上。

「ぞっとしないロケーションですね。そういうコスプレROMみたいですよ」

「お褒めに預かり光栄至極。俺ァそんな写真映えするような面でも無いと思うがな」

「ええ。今のはシンプルに悪口です」

「キッツイなあオイ」


 場所はリゾート施設の廃墟。スライダーも撤去され今は水も枯れて久しいプールが虚ろな窪みと化しているばかりだ。

 敬語の女はプールサイド、飛び込み台の側に足をかけて、プールの底の、そのド真ん中に胡坐をかいている男を見下ろす。その視線に侮蔑の意志が籠る事を一切隠していない。

 何故ならその男の服装は。


「お嬢さん……アンタ、は好きかい?」


 某有名お嬢様学校の制服(冬用)そのものであるッ!


「そういう趣味を一概に否定しませんがね、せめて脛毛の処理くらいしろッてんですよ! ──!!」


 能力を展開──する刹那、女の足元の瓦礫が突然に『崩れ去る』。咄嗟に受け身を取り、プールの底へと転がり落ちる。『セーラー男』は動かない。


「申し遅れた。俺ァ分目。アンタは山田さんだっけか? その筋じゃ有名人だ。手管は不明だが、事前の仕込みを執拗に行うってんで評判だそうだな」


 敬語の女もとい山田はゆらりとその場から立ち上がり、分目と名乗った服装倒錯者と相対する。その距離5メートル。


「もっかい聞くぞ山田さん。あんた、セーラー服は好きかい?」

「……あれは学生服です。個人的な好悪であれこれ所感を述べるのは無粋かと(ちょっと可愛いなと憧れたことも有ったけど)」本音は飲みこんだ。どちらにしろ、この男のペースに飲まれるのは『マズい』と勘が述べていた。既にどういった手段か分からないが、一手先んじられているのだ。しかし、山田は自身の最大の持ち味をその対応力であると自認している。ここからでも立て直しは充分に可能だ。


 分目の戯言に応答しながらも足首に仕込んでいたワイヤーを背後からが……


「(……無い!?)」


 冷や汗がどっと噴き出す。全身に仕込んでいた筈の仕掛けのことごとくが失われている。全身の重量バランスがおかしい。着衣の上からでは視認できないような位置に至るまでが取り外されている事が感覚で知れた。

 いや、それどころか。


「なァッ!!?」


 山田は今、某お嬢様学校の制服(冬用)を着ているッ!


「これが俺の能力! 能力圏内に足を踏み入れた人間を俺とそっくり同じ服装にするって訳だ! 仕込み上等、道具使いのアンタにゃ天敵なんじゃねえか?」


 のっそりと立ち上がった分目がポケットをひっくり返すと、山田のセーラー服のポケットもひとりでに裏返り、ポケットからがボロボロと落ちた。


「この通り、服装には持ち物も含まれる。そして、服装の規範たる俺が持っていない物品は影響下の人間も持つことが出来ない。なんならそこらの石でも試しに拾ってみりゃ良い。『無理だがな』」


 山田のロングヘア―──先ほどまで高く結い上げていた筈の──がばさりと顔に被る。


「──いえ、問題ありませんね」

 発言と同時に、山田の姿が分目の視界から消えた。


 次の瞬間、膝下に痛烈な一撃を食らい、分目は思わず膝を付く。その眼前に山田の顔。

 掌底で顎下をカチ上げられ、脳が揺れる。しかし成人男性と成人女性のウエイト差が分目に味方した。

 打撃が浅い。

「いみじくも貴方の街の変質者を任じるこの分目堅太郎、タフさには覚え有りッ!」

「その口上のナニのドコに誇れる要素が有るんですかね!!? だがもう遅い!」

 分目の勝鬨をいなす山田はそのままサブミッションに入る。仕込みが破られたのなら接近戦で決着を付けるまで!

 しかし完全に極まる前に振り払われる。ゴキブリよろしくカサカサと回避する姿についてはともかく、やはり体格差を埋める決定打に彼女は欠けて……その時、ほぼゼロ距離にまで接近して分目はようやく山田の高速移動のカラクリを理解した。


 糸だ。黒く着色された化学繊維のコードが山田の右手と左足首に絡み付いている。その糸の先は分目の背中越しに背後へ伸びている。


「(何らかの手段で糸を張り、その引っ張り力で手前ェの懐に飛び込んだッて訳か? 理屈はともかく、いつ、どうやって!?)」


しかできない絡新婦じょろうぐもと思われたのでしたらご愁傷さま。この私が自らここへ乗り込んで来た意味を、貴方はもう少し真面目に受け止めるべきでした」


「しかしアンタが寝技対決じゃ不利なのは依然変わらねえ! 趣味じゃねえがこのまま押し切らせて……あがッ……ッ、ッッ!!」


「だから言ったでしょう。もう遅いって。──ねえ、野生の風紀委員長さん。あなたの規則にヘアスタイルの項目はございます?」

 分目が首を掻きむしる。指に絡み付くのは幾本もの長い黒髪。幾重にも巻き付いた髪の毛が彼の首を左右からギッチリと締め上げている。

 血走った目で山田を見、視線を右方向へ逸らす。そこには山田が引き抜いた髪を掴んで宙に浮かぶ白魚の様な手。


「3番目以降の掌は別アタッチメント扱いのようで助かりました。落下前に糸を『2巻き』取り出しておいたのは僥倖でしたね。因みにこのワイヤーもたまたま輪の中に手足が入り込んでしまっただけ、と言い訳させて貰います」

 そう述べる右手首から血液が滴り落ちる。この最中も酸欠状態が続いていた分目がとうとう意識を手放すと、紺ソックスが消え、露出した左足首の痛々しいうっ血痕が空気に晒され、山田は痛みに眉をしかめる。


 山田の操る5番目の掌が彼女の背中のハーネスからスリングを抜き取ると鮮やかな手並みで回転、加速を付けて撃ち出されたベアリング球はかつてスライダーが取りつけられていた高台に潜む狙撃手の眉間に吸い寄せられるように接近する。

 コーン! 小気味のいい音が廃プールに響き渡る。

 同士討ちを避ける冷静さが仇となり、分目の能力射程外からサポートしていた名も知れぬ遠距離打撃能力持ちの何者かは気絶し、あっさりとその場に崩れ落ちた。


 静寂を取り戻した廃墟に、ただ一人己の両足で立っている山田。ため息をつくと、踵を返してその場から立ち去ろうと……して、かくんと膝を折った。


「!?」


 またしてもセーラー服! 首を巡らせて背後を睨みつければ、分目がギリギリ息を吹き返して哄笑しているのであった。


「ガハッ、ガハハハハハ! ガハウエッ、ウエーッッホ!」

 気絶から復帰直後、まともに身体も動かぬ状況下において、彼は恐るべき精神力で能力を再び発動したのだ。


「あなたはもう詰みです、見苦しい真似はよしなさい!」

「そう思うんなら、俺をしばき倒して見れば良い! !」

 山田の表情に隠しがたい焦りが見える。まさかこの男。


「アンタが言えないなら俺の方から言ってやる! 俺の能力は『着こなし』の強制! 服ってなあ何も袖に手を、靴下に足を通すだけが能じゃ無いんだぜ!」


 分目は左手を右の靴下に差し込み、右手を袖から抜いて身頃の中で胴体にピッタリとくっ付けている。そして、山田の現在の体勢も又、服装によって同様の形に縫い止められていた!


「アホですか!? 私本体を拘束しても同じ手で破られるんですよ!? 今度こそ……」

「ああ、殺すなら殺せば良い」

 それまでのどこか狂騒的な調子がごっそりと抜け落ちた、ぞっとするような低温の声音で分目が応じる。

「言ったろ、俺はタフさにゃ自信が有る。拷問でもなんでもすれば良い。どうだい山田さん──いっちょ我慢比べと行こうぜ」


 体勢を崩した山田もまた、床に倒れ伏す。地面ごしに地響きが聴こえる……恐らくは乗用車。もう随分と近い。


「(……援軍か!)」


続かない。


【72分】

テーマ:バトルシーンを1時間ひたすら書いてみる

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