【TS】をテーマにした小説

目覚めて最初に得たものは、大事なところに大事なものがない感覚だった。


「ん――――?」


どことなく高い声、全身に広がった違和感、目を開けば知らない天井。だけどその光景は、普段に比べて幾分かくっきりとしていた。


「起きた?」


寝台の横に座っていたのは見知らぬ……いや、昨晩見かけた女の子だった。


「う、ん゛~~~………え、っと、ここは、ってあれ、うん?」


起きた時の癖で伸びをすると、殊更に違和感が強調される。動く布団に対して胸に普通ない引っかかりがある。股間にはあるはずのものがないので妙に足がむずむずするし、声はやっぱり自分の声でないようで……


「おはよう。ここは辻影病院、生魔研管轄病棟。あなたは――――えっと、大崎れい、であってるのよね?」

「あ、はい」


辻影病院は自宅から車で20分程度の距離にある病院だ。しかし、セイマケン? とかいうのは聞いたことがない。


「昨日の晩のことは覚えてる?」


昨日の晩――――そうだ。この女の子を見かけたのは、家の外で聞いたこともないような激しい衝突音が聞こえたからだった。野次馬根性で様子を見に出てみれば、しかし他に誰も見に来てなくて、この女の子と……その。どう言い表したらいいのかわからないが、得体の知れないバケモノが戦っていたんだ。

俺に気付いた彼女は逃げろと言ったが、背後から迫るもう一体の敵に気付いていなかった。そいつが今に襲い掛かろうとしているのが俺からは見えてしまったから、退くも進むもいかず、ただ咄嗟に彼女を突き飛ばしたのだ。記憶はそこで途切れている。


「あなたは愚かにも私を庇って突き飛ばした。で、そのバケモノの攻撃をモロに喰らった。を素人が受けて生きてられることはまずないわ。だから、あなたの身体はもう限界だった」

「そ、それじゃあ、俺はもう、死んで?」


なるほど、ここは死後の世界か。それならば色々とした不自然さには納得がいく。いや、死後の世界なるものがこの世にあるとは思いもしなかったが。


「いいえ。あなたは生き残った。奇跡的に、魂だけは無事だった。でも、あなたの身体を維持することはあの状態では生魔研でも不可能と判断されたわ」

「た、魂だけ?」

「そう。だから、その……」


彼女は少し言いよどむ。やや恥ずかしがるように目を逸らして――――いや、正確には最初からここまで俺の目を一度も見ていない。


「私、の……私のに、魂を移植したわ」

「へ……?」


あとは察せと言わんばかりに彼女は俺に鏡を見せた。そこに映っているのは彼女と瓜二つ……どころか、全く同じ顔の女の子だった。





説明もほどほどに、女性用の衣類一式と仮の身分証を渡されて家まで送られた。幸いにして一人暮らし、親にバレてどうなるということはない。いや困るが。


「……取り敢えず、飯にするか」


近所のよく行くラーメン屋に行く。店主のおっちゃんの物珍し気な目を受けながら、いつも通りに炒飯セットを頼んだ。

多かった。女の子の胃袋というものは案外小さいらしい。


家に帰って最初に気付いたことは、身長の低さだった。

なにより高いところに仕舞っていたタオル類を引き出せない。踏み台なんて持っていなかったが、適当に椅子を使って解決した。


「ふぅ~~~……ん、ん……」


湯船に浸かってまじまじと自分の――正確には、借り受けた女の子の――身体を見る。

胸は大きすぎず小さすぎず。しかしちゃんとそこにある。そっと触れば柔らかく、揉んでみればどことなくくすぐったい。頂点を撫でれば……むず痒さと恥ずかしさがこみ上げてきた。誰に見られているわけでもないのに。

上を調べたなら下も見ざるをえまい。些かマヌケであるが、鏡を以って観察とする。そう、これは己の身体の調査である。決してやましいところなどない。風呂場で決行するには道具がないので後回しとなった。


身体を洗えば泡がこの身を包み、鏡の前に立てばAVで見たな……という気分になる。ちょっとそういうおもちゃを買っておこう。これは実験である。


不慣れな長髪の扱いに苦労しつつ、風呂を上がれば寝間着になる。なお何故か女性用の寝間着は渡されてなかったことに今気が付いた。仕方がないのでブカブカだが自分のものを着る。


――――自分の部屋だが、まるで他人の部屋のような匂いがして、ああ、別人になったんだなという実感がわいた。

男の一人暮らしである。この部屋には男の匂いせず、しかし今の自分は女である。


「……やっぱり、やってみたいよな」





――――曰く、スペアボディには何が起こっているか監視する機能があるらしく。


「他人の身体でなにすんのこの変態!!」


翌朝、家を出たところを身体の本来の主にぶん殴られた。

近所に変な噂が流れたのは言うまでもないが、傍から見ての当事者は、もうそこにいないのだった。

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