第2話キモチワルイ
そのまま電車に1時間半乗って、自宅に帰った。そもそも出張で泊まる距離でもないんだよな・・・
自宅で携帯を見てみると、何件も彼からメールが入っていた。
「クミ、怒ってるの?」「クミ、愛してるよ」「会いたいよ」「今度は絶対!約束だからね」「クミがいないとダメなんだ」
あれ?あの人こんなにまめだったっけ?
ああ、そうか。私が即レスしないのが初めてだからか。
私は彼に返事をするより先に、友達欄に本当にマリオがいるのか確認した。
【マリオ】
「君のスーパーマリオになりたい」と書いたプロフが確かにあった。
マリオの可愛い顔は、修正アプリでさらに可愛くなっていて、美少年と言うよりも、まるで美少女だった。
友達欄にその顔があって、思わず安心したのも、秘密だ。
二日後、私は営業の外回りを申請して、結局彼に会っていた。
彼は乗った車の中で、すぐに「クミ!会いたかったよ~!!」と抱き着いてきてキスをしてきた。
そのキスは、会いたかったという切なさよりも、これから先のセックスを連想させるキスだった。
ゆっくりと、ねっとりと、舌と舌を絡ませる。
「今日は18時までは平気なんだ。いつものところでいいよね?」
そう言うと彼は車をすぐに走らせ、いつものホテルに向かった。
え、お昼に会ったのにランチとかしないのかな・・・私、朝から何も食べてないんだけど・・・
なんだろう、この感じ。
完全に白けている。
こんなことってあるだろうか。
数日前に、彼とのお泊りデートを楽しみにしていたとは思えない白けっぷりだった。
マリオはあれからどうしてるだろう。
彼が腰を激しく動かす様子を見ながら、マリオはどんなセックスするのだろう、あの下着の中身はどんな状態かな、なんて犯罪めいたことを考えていた。
私はどうかしている。あんな若い男の子に。最後までしていないのだって、私のことおばさんだと思ったからかもしれないのに・・・
私はマリオを思い出しながら、彼の身体を使ってマスターベーションをして最高に気持ちよくなっていた。
「ちょっと休憩しよう。」そう言って彼は私からそっと抜いて、横になった。
いつもこうやって、彼は最後の最後まで中々射精しない。
最後まで私をイカセまくりたいんだ、と言っていたし、単に根っからエロいだけなのかもしれない。でも、今日は何回でもイケそう。オカズがあるから。
彼がベッドから起きて、二人分のコーヒーを淹れている時に、私の携帯のバイブが鳴った。
画面を見ると「スーパーマリオ」と書いてあった。
タイミング悪すぎ。さすがに、今は取れないよ。すぐにメールが入る。私はこっそり開く。
「ピーチ姫、こんにちは。今頃また不倫ゲス野郎に捕まっているのではないかと心配しています。ゲスな臭いおっさんは、俺が世界で1番嫌いな生き物なんだよね。で、約束通り、今週末もあのお店でね。ほら、今度はクミちゃんの奢りの約束だからね♪」
「約束なんかしてないし。」思わず笑いながら独り言が出る。
「クミ。」彼から呼ばれた。
「・・・え?何?」
「いや、誰とメールしてるのかなって。」
「あ、別に。友達だよ。」
嘘じゃない。
「ふうん・・・見せてよ。」
「・・・え?」
「だから、携帯見せてよ。」
「え?何で?やだよ、そんなの。」
「・・・・男なんだろ?」
「男の子だけど、友達だよ!何でそんなこと言うの?」
嘘じゃない。
「・・・ごめん。この前、ずっと返事無かったから、つい。俺、不安なんだよ。クミがどっかいっちゃいそうで。」
彼は甘えるように抱きついてきた。
「クミ、愛してるんだ。本当に。こんなこと言えた義理じゃないのはわかってるけど・・・」
その瞬間湧き上がった感情。
なんだろう、これは。
キモチワルイ。
あの日から、毎日マリオとやり取りをしていた。メールだったり、電話だったり。たわいもないこと。日々のこと。
何を食べたとか、今日は眠いとか、くだらない冗談の掛け合いとか、時々はお互いの写真を送りあったりしながら、あれから会わないままでも、なんだかマリオが身近に感じていた。
私が「マリオは素直でまっすぐだね」と言ったら、「それはあなたでしょ。」と大笑いされたりした。
「ねえ、マリオって、何の仕事してるの?」
「ん・・・フリーターだよ。あちこちバイトしたり。」
「そうなんだ。何かしたいこととかあるの?」
「あるよ。そのために今金貯めてんの。夢追い人だからね、俺は。」
「へええ、意外としっかりしてるんだね。」
「何だよそれ。」
たわいもない会話。
でも、マリオとやり取りしている時は、彼のこともほとんど考えなくなっていた。マリオには恋愛感情なのかはわからないけれど、ただ、楽しいだけで気持ちがほぐれていくようだった。
そうは言っても、私は彼との関係はそのままずるずると続けていた。会ってすぐにホテルでも、やっぱりついていってしまうのは好きだからなんだろう。
最初は気分が乗らなくても、彼とすっかり馴染んでしまったセックスで、なんとなく、また次の会う約束をしてしまう。そう考えたら、身体目当てなのはむしろ私の方なんじゃないかと思った。
ある日。
私がお昼休みに昼食を買いに出ると、彼と同じ部署の友人に偶然に会った。
「きゃー!クミちゃん、久しぶり~!元気だった?」
「うん、元気元気!部署変わってから全然会ってないもんね。そっちは忙しいんでしょ?」
「んー、まあ、フツーだよ。最近は残業も減ってるしね。残業ある時は嫌なんだけど、なくなると仕事減ってんじゃないかとか余計な心配したりしてさ。」
そう言って彼女がやたら笑ったので、ああ、笑うとこなのかと思った。
「あ、そうなんだ。でもこの前、偶然主任に社のそばのドーソンで会ったら忙しいっぽいこと言ってたから。」
私は何気に彼の話題を出してみた。まさか知られてはいないだろうけれど、こういうのはちょっとだけドキドキして楽しかったりする。
「あ、主任に会ったの?じゃあ聞いたでしょ?」
「ん?何が?」
「主任のところ、ようやく待望の赤ちゃんが生まれたでしょ?もう、職場でも何かとその話ばっかりしてるんだよ。結構デレデレでさ。写真とか見せびらかして。みんなで主任って意外と子煩悩なんだね~!って驚いてるんだよ。」
「・・・・え・・・?赤ちゃんが?」
「うん。あれ?主任言ってなかった?誰にでも言いたがってるのに。」
「あ、ああ、うん、でも私友達と一緒だったから、あいさつ程度だったし。」
「そっか。もうね、出産も2週間くらい早まっちゃったらしくてさ、主任、大慌てでその日の出張を急遽代理頼んでさ。大変だったのよ。でもまあ、念願の赤ちゃんだから、そりゃそうだよね。」
その後も、彼女は勝手に色んな話をしていたけれど、私にはその後は何も耳に入らなかった。頭が真っ白になった。その後に、ぐるぐるとあらゆることが辻褄合わせをし始めた。彼のあらゆる言葉が頭をよぎる。
「うちの奥さんは、子供は欲しくないみたいでさ。」
それいつの話だよ。
「もうずっと嫁とはセックスレスでさ。」
そりゃ妊娠中だったからじゃん。
「ごめん、急に徹夜の仕事で。」
予定より早く生まれそうになったんじゃん。
「クミと離れたくないんだ。」
産後もしばらくセックスできないもんね。
私は彼女には適当に挨拶をして、ふらふらと職場に戻った。午後の仕事をどうやったかもほとんど覚えていない。ただ、頭の中では「キモチワルイ」という言葉が繰り返されていた。
会社を出てマリオに電話をかけた。すぐにマリオは出てくれた。
「・・・どしたの?クミちゃん。」
「うん、何か声聞きたくて。」
「そっかそっか。嬉しいじゃん!あ、でもちょっと俺・・・今からバイトなんだ。終わったらまた連絡するから。ごめん、いい?」
なんとなく、マリオがよそよそしく感じた。そばに誰かがいるような気がした。その瞬間、電話した自分が恥ずかしくなった。
「あ、うん、こっちこそごめんね。頑張ってね。」
電話を切った後、情けなくて涙があふれ出た。
私は今、何をしているんだろう。マリオに電話して何を言うつもりだったんだろう。
「あなたの言った通り、彼はクズでした。だから私に会いに来て。」
とでも思ったのだろうか。マリオは私の彼氏でもないし、好きだとも言われていない。
不倫男の嘘が分かったからってすぐに最近会ったばかりの若い男の子に電話してる私も同じクズだ。みっともなくて、バカ女丸出しだ。すぐに都合よくマリオに慰めてもらうつもりだったのか。
これまでもそうだ。不倫していたのだって、自分が選んでやっていた。ダラダラと体の関係をもって、半分は期待して、彼の話を真に受けて。どれだけバカなんだろう。生きているのが恥ずかしい。
私は自分自身に吐き気がした。
キモチワルイ。バカオンナ、キモチワルイ。
気づけば、私は電車に乗っていた。
たった1時間半。マリオのいる街に。
バカだけど、勘違いのイタイ女かもしれないけど、それでも。
今マリオに会いたい。
その日はマリオは電話にも出ないまま、メールも既読にはならなかった。
もしかして、避けられてるのかな。
それなのに、こんな所まで来て、私、今相当イタイ女かな。でも、会いたい。話がしたい。
だって、あなたは私のスーパーマリオだって言ったから。
そうだよ、今だけでもいい。
お願い。私を助けて。
行く場所もなくマリオと出会った居酒屋でまたお酒を飲んでいた。もう一度ここで会えないだろうかと、勝手に期待している。やっぱりイタイ女だ。マリオのメールは、ずっと既読にならないままだった。
私は何をやっているんだろう。
ふらふらと夜の街を歩く。歩いている少し先から、聞き覚えのある声が聞こえた。
2人組の女の子と男の子が話している声。あの、ソフトで余裕のある声。
そこには、派手なスーツを着たマリオがいた。
「君たちめっちゃ可愛いじゃん!もっと話がしたいなぁ~!俺さ、悩み相談得意よ?悩める女の子を救う最強ホストだから。今飲み放題4,000円なんだって。ちょっとだけお店おいでよ。」
「え~!うっそぉ。そんなこと言って、お店行ったらすっごい高かったりして。それに、悩みなんてないし。」
「なーに言っちゃってんの?俺が嘘つく男に見える?」
「見える~!」
「ないないない!俺ね、君たちみたいなお姫様を守るお役目なんだよ。スーパーマリオって呼ばれてるんだから!」
女の子たちはキャッキャと笑っていた。
私は彼の嘘を知った瞬間よりも、目の前の光景にはるかにショックを受けていた。
恥ずかしい。今日マリオに「会いたい」とかメールしちゃった。恥ずかしい。今まで全部、ホストの営業トークを真に受けていただけだったなんて・・・私のことなんて、ただのカモにしか思ってなかったんじゃない。恥ずかしい、恥ずかしい・・・
私はマリオに見つからないように後ずさりした。が、後ろ向きなせいで、人とぶつかって転んでしまった。
「きゃ!」
その拍子に、マリオがこっちを見た。
「・・・クミちゃん?」気づかれた。
私は起き上がってすぐにマリオから逃げる。何だろう、転んだりダッシュしたり、みっともなさの極みだな。でも、私は昔から、足が遅いんだ。
「クミちゃん!」
マリオはあっという間に追いつく。いや、私の鈍くさい足では、さほど走ってもいなかったのだと思う。
「何で逃げるんだよ!」
腕をつかまれる。
「やだ!離して!」
「いやだ。」
「私のこと、バカにしてるくせに!」
「はぁ?何?酔ってるでしょ?」
「酔ってるわよ!さっきまで、冷酒飲んでたもん!」
「何でここにいるの?また出張?」
マリオの言葉にいら立つ。いつもはなんでも見透かすのに、何でこんな時は見当違いなことを言うんだろう。
「違うわよ!」
「ちょ、今何でそんな怒ってんの?」
「私のことなんかほっといて!ホストだったの隠してたくせに!私に言ってたことも全部単に営業トークだったんじゃん!」
「別に隠してないよ。色々バイトしてるって言ったじゃん。ちょっと、落ち着きなって。」
「私はどうせバカだよ!全部マリオが思ってた通り。クズ野郎と不倫して浮かれてたバカ女だよ!ホストの口に乗せられて浮かれてたイタイ女だよ!もう、ほっといて。私みたいな・・・」
涙が止まらない。
バカオンナ、キモチワルイ、イタイオンナ。
でも。
あなたに会いたかった。
「何でそんな泣いてんだよ。被害妄想がすぎるとブスになるよ。」
「被害妄想じゃない!もうブスだもん!」
「クミちゃん、ほら、めっちゃ鼻水垂れてるよ。」
マリオはポケットからティッシュを出した。女子かよ!
「だから、ほっといてって言ってるじゃない!」
「言ったでしょ?クミちゃんはほっとけないって。ほら、鼻水チンしなさい。」
「うっうううううう」
私はマリオからティッシュを奪って、鼻をかんだ。
ひどいありさまだ。きっとメイクも全部落ちてる。
「クミちゃん。」
「・・・何よ。」
「俺に会いに来てくれたんでしょ?わざわざ、電車に乗って。電話出れなくてごめんね。研修やってたし。」
そんなに、優しい言葉かけないで。
「でも今日は、帰りなさい。駅まで送っていくから。」
え、でもこのまま帰しちゃうの。
「・・・はい。」
「言ったでしょ?俺が逢いに行くって。待ってな。」
「・・・はい。」
マリオは、駅まで私を送ると、軽くハグをして手を振った。
私は素直に電車に乗った。
ドラマとかなら、あのまま場面が変わってホテルとかにいるんだろうけれど、現実はこんなもんだ。
自宅に着くと、もう0時過ぎていた。
携帯には、彼からの着信とメッセージがあった。
「クミ、今度はいつ会える?今度こそ出張合わせよう。約束してたレストラン行こうね。もう、今日はこれから帰るよ、おやすみ。愛してるよ。」
私は、「うるせえ!この嘘つきクズ野郎!」とは書かずに、(書きたかったけど)丁寧に文字を打った。
「第一子誕生、聞きました。おめでとうございます。これからは家族を大事にしてください。今まで本当にありがとうございました。とても楽しかったです。この後は、メールも電話もしないでくださいね。感謝申し上げます。」
ある日の休日、ぼんやりと自宅でテレビを見ていると、
マリオが映った。
私はあまりの唐突さに、漫画みたいに飲んでいたコーヒーを吹いてしまった。「注目の新人俳優!Mario!」の見出しの後、マリオが舞台で演技している姿が映った。
マリオがやりたいことって、俳優さんだったんだ・・・今までも、こうやって役者の卵頑張ってたんだね。
マリオが汗だくで白熱の演技をしていた。
すごいよ、本当にあなたって、スーパーマリオだわ。
スーパーマリオ SAYURI @sayuri123
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