平面事象
澄岡京樹
平面事象
平面事変
目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。
見た目は年若い女。黒絹めいた長髪が今もなお瑞々しさを残留させており、血の気が失われている様子もない。……だがそれは、死んでいなければおかしい状態だった。
——その死体は、完膚なきまでに平面であった。
女が生きていた頃……その時の姿を一片たりとも削ることなく、その肢体は平面な死体へと姿を変えていた。
……ありえない。このようなことがあるはずなどない。私はあろうことか狼狽し、己が頭髪を掻き毟りながら平面な死体に触れようとして——
『あんたってばホント慌てん坊さんだねぇ』
【——その女の声を思い出した。】
……女は私の幼なじみであった。その女は昔から好奇心旺盛な性格で、私は彼女の行動一つ一つにいつもハラハラさせられていた。彼女はいつだって危ない橋を渡ることを嬉々として行い。私はそれに巻き込まれ続けた。それは嫌なことだとばかり、当時の私は思い込んでいた。
けれど、そうではなかった。彼女が探偵の助手を始めたことで、私は晴れて彼女の相棒をお役御免になった。
これでやっと落ち着ける。彼女に振り回されることなどもうない。そう感じた。だというのに。
【だというのに?】
——そう。だというのに私は、充足感というものをたちまち失ってしまった。理由などわからない——
【そんなはずはない】
——わからな……いや、そんなはずはない。私は、彼女に振り回される日々こそを生きがいとしていたのだ。だからこそ私はここに来て、彼女を——彼女を……
いや、これでは順序がおかしい。何かがおかし——
【彼女を探してここに来た】
——そうだ。そうなのだ。私は羨ましかったのだ。探偵と共に世界の真実とやらを探し求める彼女を——いや、これも逆だ。彼女を独占する探偵をこそ、私は羨ましく感じたのだ。だから、だから私は、私は——
【彼女を独占するために、探偵を呼び出した】
【…………そうであるべきだった】
【にもかかわらず、お前が呼び出したのは女の方だった】
……何かが聞こえる。これが誰の声なのかはわからない。けれど、何をさせようとしていたのかだけはわかる。無意識下で、私に指示を出していたのだ。
世界の真実を探る探偵の抹殺を。
【お前が何故、女の方を呼んだのか】
【不可解である】
確かに奇妙かもしれない。超越者めいた声の主にとって、私の行動は想定外だったのかもしれない。……それでも、私にとってはこれが正解だったのだ。
私には、彼女だけが全てだったのだから。
【尚も不可解。しかし興味深いサンプルだった】
【最後に。貴女にも真実を与えよう】
その声は感慨なさげにそう告げた。もっとも、感慨なさげに感じただけで、声の主の尺度では十分に感情のこもった声音だったのかもしれないが。……まあ、それももう——
◇
首都郊外、閑静な住宅地の中にひっそりと佇む喫茶店にて、探偵がマスターと言葉を交わしていた。
「では、二人とも?」
「ええ。一人は私の助手で、もう一人はその友人。二人とも素質はあったのだが、二次元人の自覚に耐えられなかったようだ」
「そうですか、彼女たちが……」
「残念だがよくある話さ。この仕事をしていると、どうしてもこういう場面には出会すものさ」
探偵の物言いに、店主は別段異を唱えるつもりもなかった。
何故ならば、世界の真実を探ろうとする行動そのものが、高次元の何者かによって仕組まれたシナリオであるからだ。
彼女たちは高次元の何者かに呼ばれたようなものなのだ。
それが思惑あってのことなのか、単なる戯れか、それすら探偵たちの視点ではわからない。探偵が今も尚その何者かを探っていられる理由すらわからない。耐性があったと探偵は言っている。店主はそれに「そうかもしれません」と頷くばかり。
今も高次元の何者かは、平面の世界を覗いていることだろう。探偵はそれをひしひしと感じつつも、
「ま、せいぜい娯楽足り得るよう舞い踊って見せましょう」
そのように言って見せた。
望む者がある限り、平面の世界は永続する。——そう結論付けた探偵の、ほんの少しの足掻きであった。
平面事象、了。
平面事象 澄岡京樹 @TapiokanotC
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます