隻眼

 先月のことだ。

 その時は、帰宅中いつもとは違う道――もう少し言及げんきゅうするなら、普段より人通りの少ない道――を通っていた。


 その途中で「なあーお」と、鳴き声が聞こえてきた。

 別にそれは不思議な事でも何でもない。元々この辺りには猫が多かった。最近は多少なりとも減ったとはいえ、まだ他所ほかに比べても猫が多いと言えるだろう。

 とにかく、僕はその声につられる様に視線を斜め左下へと向けた。

 そこには、当然猫がいた。三毛――いや、白猫だったような気もする。まあ一月程も前のことだから覚えていなくても仕方ないか。

 それに、重要なのはそこではない。

 視線の先にいた猫は排水溝はいすいこうの向こう側に佇んで、こちらを眺めていた。

 そして、その片方の目は半分ほど閉じていて、赤かった。

 初めは、そういうオッドアイなのかと思った。ああ、もう片方のひとみはもちろん青かった。それに、近くでオッドアイの猫を見たこともあって、その仮定は現実味を帯びていた。

 でも、もうすっかり夜で辺りの街灯が少なかった影響か、その赤は不気味な色を帯びていた。

 そこで興味を持たず、そのまま立ち去っても良かったのだろう。

 でも、現実は違い、僕はしゃがみ込んで、その猫を覗き込んだ。違和感の正体を探るように。

 果たして、違和感の正体は直ぐに見つかった。


 光が、無かった。


 その赤い方の目はもう片方にはある光が、存在しなかった。

 潰れていたのだ。


 その後の行動といえば、物語の主人公なら心配して動物病院につれて行ったりするのだろうが、僕においてはそのままその場を立ち去る、だった。


 猫は警戒心が強くて到底そんなことは出来やしない。そんな事をしても何も変わらない。


 そんな言い訳が確かにあった。

 それは事実で、出来る事は何もなかったのだろう。

 でも、そんな風な言い訳は心底嫌だった。


 もしこれが、人間の仕業であったとしたら、こんな事はしないでくれと、そう言うだろう。それは正当な言葉だろう。

 でも、僕にそんな事を言う資格はない。

 猫を飼っていもしないのにどうしてそんな事が言えようものか。知らないふりをしてその場を立ち去ったというのにどうしてそんな事が言えようものか。

 答えはまだ見つかっていない。


 だからどうか、この答えを探してほしい。

 僕には到底とうてい見つけることは出来ないだろうから。

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殺虫 川霧 零 @kawagiri

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