殺虫

川霧 零

殺虫

 つい先程のことだ。

 僕は虫を殺した。


 ――そんな風に何か特別なことをしたように書いてしまうが、別にそうではない。

 君にも数え切れないほどそんな経験があるだろう。を手で叩く。ゴキブリにスプレーを吹き掛ける。ありを潰す。

 例を挙げると切りが無い。

 いや、カブトムシを潰した――という様に、大きい虫であれば違ったかもしれない。

 でも、僕が殺したのはそうではなかった。

 小さな羽虫。何処にでも居て、今も日本のどこかで沢山殺されているような、そんな虫。

 殺したことをわざわざ覚えることなどせず、直ぐに忘れてしまうのが正解だろう。覚えていても、何も良いことなんてない。殺して当然。


 僕は先程、虫を、小さな羽虫を、殺した。

 風呂場に小さく体を上下させながらまっていたそれを、僕は何も考えずシャワーで流そうとした。

 何故そういう行動を取ったのか。ただ純粋な気持ち悪い、という思いだったのだろう。

 身勝手な話だ。虫は偶然そこに迷い込んだだけで、害になる事は何も為していない。しくはその存在が害だとでも言うのか。

 とにかく、僕はシャワーで羽虫を流そうとし、羽虫はそれから逃れるように飛んだ。

 その先でもシャワーを浴びせかけられた羽虫はいよいよ地面に落ち、みにくくもがいた。

 それを見つめて、シャワーを浴びせた。

 羽虫は、時に濁流だくりゅうに飲み込まれ、時にはりつけにされ、終いには足も羽ももげ、動かぬ只の虫となった。

 それを見ながら、僕は憐れだと思った。思ってしまった。


 今、風呂場から出た僕は凍えている。

 それが罪悪感によるものなのかはよくわからない。

 お風呂で温まった筈の体は、足の先の方から冷たくなってきている。

 それは、あまりにも不自然な凍えだった。


 一つ忠告しよう。

 虫を殺すことを深く考えてはいけない。

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