星と幸せ

イケヅキカショウ

蠍炎の丘

 世界の裏、社会の闇と呼ばれる深淵に生きる人間たちは妙な癖や習慣を持っていることがある。あくまでも一例だが、例えばある殺人鬼は殺害した人間の体に自身の名前のイニシャルを刻んでいたという。

 そしてまた、日の当たらぬ闇夜で育った彼女にもちょっとした習慣があった。


「......着いた。」


 私は夜の展望台を訪れた。周りに光源はなく、ただ虫が鳴き、ひんやりとした風が吹いている。


「......」


 私は黙って夜の空を見上げる。瞳には満天の星空が映った。


「綺麗......あ、アンタレスだ。」


 皆と温泉に来るとき、たまたま目に入ったパンフレットに書いてあったこの展望台の存在。昼は町並み、夜は満天の星空、特にさそり座が綺麗に見れるというこの場所は、知る人ぞ知る絶景スポットで、かつて、一匹の蠍が神様にお願いしてその身を夜を照らす炎にしてもらったという伝承があるそうで、"蠍炎の丘"と呼ばれる場所らしく、是非、訪れたいと思っていた。

 それにここは、私の"習慣"を成すにはいい条件が揃っていて相応しかった。


「......」


 私は目を閉じ、満天の星空に向かって手を握り、祈る。

 これが私の習慣。私が今まで"殺してきた人々"への祈り。私ができる、死者への手向けと礼儀。

 いつの時の事かは覚えていないが、たまたま読んでいた本の記述に私は惹かれた。その記述によれば、"星は死者の魂"だという。

 星や星座というのはギリシャ神話において、大神ゼウスが偉業を成した人物や動物等を天に召し上げた物といわれている。そういった観点で考えればこの考えは納得がいくものであり、私もそうゆうものだと信じている。だから私は毎日こうして空に向かって祈り続けている。


「(死者たちが天国で幸せに生きられますように。)」


 祈りを終え、手を解き、目を開ける。瞳にはまた、満天の星空が映る。


「幸せ、か......」


 私は今、幸せを願った。けど実のところ、私は幸せというものが何なのか分からない。意味が分からないというわけではなくて、自分にとっての幸せとは何か、という話。

 そういえば前、こんなことをぼそりと学校で呟いたとき、近くにいたクラスの女の子あ「奏ちゃんはジョバンニみたいだね。」と言っていた。

 ジョバンニ、銀河鉄道の夜の主人公であり、「ほんとうのみんなのさいわい」を捜し求める者。確かにどことなく似ている。物語で答えは明示されず、彼は永遠に答えを求め続ける。


「私には永遠にわからないのかな......?」


 そう呟いたときだった。


「そんなことはないさ。」

「先生......」


 後ろから声をかけられた。振り向くとそこには先生がいた。


「どうしてここに?」

「もうすぐご飯時なのに帰ってこないからさ。何となくで探してたら見つけたの。」

「そうでしたか。ごめんなさい。ご迷惑をおかけして......」

「いいさいいさ。一宮が無事ならそれで良いよ。」


 先生は私の元に歩み寄って私の頭をポン、と叩く。


「幸せっていうのはさ。人によって異なるんだよ。しかもいつ見つかるか分からない。」

「そうなんですか?」

「少なくとも私はそう思う。だって私も未だに幸せが何なのかは分からないし。だからさ。そんな悩まなくてもいいんだよ。急いだってすぐに見つかるものじゃないんだから。ゆっくりと探せばいい。」

「ゆっくり.....ですか?」

「うん。」

「......先生。」

「何?」

「私もいつか、幸せを見つけられますか?」

「......きっと見つけられるよ。一宮なら。」


 先生はそういって、私の頭を優しくなでた。温もりを感じる暖かい手で。

 その手の温度に、私は少し、頬を緩ます。


「さ、そろそろ帰らないとな。皆が待ってる。」

「......そうですね。帰りましょう。皆の元に。」


 私と先生、二人で肩を並べ、宿への帰路に着いた。私たちの歩く道を優しく、蠍の炎が照らしていた。

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