049 Zの意味
「いびきの擬音ってなんで『Z』の文字をあてるわけ?」
彼女は先日文芸部に入部したばかりの生徒だ。しかし今は春ではなく秋。10月という入部するには半端な時期だ。別段うちの高校が秋口入学だからというわけでもない。本当にきまぐれのようなタイミングでの入部だ。
なお、見た目は黒ギャルで文芸部員らしさというものが一ミリもない。
カツアゲのためにたむろしているという方がまだ自然だ(酷い言い草)。
「……なんか、海外だと、そうだからじゃないですかね? 多分。知らないけど」
「情報量が薄い回答どーも」
「そもそもそこに興味を持ったことがそもそもないですね」
「えーマジー? Zっておかしくない? ぐーとかならGとかじゃね?」
「まあ……確かに……」
別にいびきの擬音についてこだわりがないので曖昧な返答になってしまった。
しかし中村さんはとても気になるようで、
「Z……Zかぁ……外国人っていびきがずぃーずぃーずぃーってなるのかな」
「うーん……ならないんじゃね?」
「逆に『ゼット! ゼット! ゼット!』っていびきをかくのかな」
「水木一郎だってそんないびきかかねえよ」
いや、うっかり断定してしまったが、どうだろう。
水木一郎ならあり得るかもしれない……。
「――Zがいびきの音そのものでなく、他のことを表している可能性もあるわね」
と意見を述べたのは同じく文芸部の
先輩は僕たちが話しているのを尻目にずっと本を読んでいた。僕たちがあまりに馬鹿な会話をしているため関わりたくないのかと思ったがどうやら杞憂らしい。
ちなみに真室川先輩は中村さんと違って黒髪長髪美人で夏でも冬服セーラーを着用している、まさに文芸部にいてくれたら超嬉しいタイプのヴィジュアルの先輩だ。
まあ僕の好みとしては中村さんの方がドンズバなんですが。
「例えばZという文字はアルファベットの最後の文字であることから、最終・最高・究極などの意味を込められたり、その逆として最悪・最低であるという意味を込められることもあるわね」
「へえ、言われてみればそうですね」
「なのでいびきの擬音としてのZをそういう観点で見てみると……?」
「最終の睡眠――永眠じゃん!」
「こわいっ!」
きゃー、と棒読みの悲鳴を上げる真室川先輩。
キャラにあってない。
「しかし、Zに単なる擬音でなく他に意味を込められているという発想は面白いッスね先輩。他にはどんな意味があるんスか?」
見た目が黒ギャルとはいえ一応先輩には敬語を使う中村さん。
ちなみに僕は中村さんに対して基本敬語だけれど、それは彼女が先輩だからではない。普通に同学年だ。ただ黒ギャルに対して僕は常に敬語でありたい、そんな気持ちを抑えられないのでそうしている。突っ込みを入れるときはついうっかり乱暴になってしまうが……。
「Z……そうねえ、例えばCEROレーティングにおける18歳以上の表記もZだし、代数学における整数の集合もZで表すのが慣例だし、地球の極運動に関する式にはZ項と呼ばれるものがあったりするわね」
「へえ……よくそんなにすらすら出てきますねえ。流石先輩」
「当然よ。あなたたちが会話している間にこっそり本を読むふりをしながらスマホで調べていたのだから」
「できればそこは詳らかにしてほしくなかった」
ほめそやしたあとにひっくり返さないでほしい。
普通に悲しくなる。
「あとメジャーなのは国際単位系の接頭辞ね。ゼタとかゼプトとか」
「あれ? 二つあるんですか?」
「ええ、ゼタは10の21乗。ゼプトは-21乗ね」
「へえ……」
「他には複素インピーダンス、第二次世界大戦時のドイツの建造計画、素粒子物理学におけるZ粒子などもあるわね」
「へえ……」
全然ピンとこない内容を列挙されたので、ピンと来てないような返事をしてしまった。
「いや先輩、そこまで出しておいてなんで『アレ』を出さないんですか?」
「…………」
「『Z』って言ったら、まずあれが出るでしょうが。ねえ、先輩」
「…………」
何故だか急に剣呑な雰囲気になる二人。
僕はというと中村さんの言う『Z』について全く心当たりがないのでキョトンである。Z、なんだろう……マジンガーはさっきちょっと出たし、ポリゴンの進化系とかかな。あとはももクロとかかぁ……?
と僕が思案していると二人はいきなり立ち上がりどこからかヘルメットを出してそれをかぶり、
「「Z――それは日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派、通称革マルを差す隠語のこと!」」
「………………………………」
「「革マル派がヘルメットにZをあしらっていたことからZと呼ばれたりしたらしいわ!」」
「………………………………」
テンションがついていかない。
どういう仕込みだったんだよ、これ。
「さあ、というわけで学生らしく学生闘争に励みましょう、赤崩くん」
「今日日学生闘争に学生らしさはねえよ」
「えーそれ本気で言ってるー? オタクくんってば流行に疎くない?」
「流行りだからという理由だけで学生闘争やるのは半世紀も前の話だろうが!」
言いながらゲバ棒や立て看などを準備しだす二人。
こんなもんどっから持ってきたんだ……。
「安心して赤崩くん、ちゃんと鉄パイプ爆弾も用意したから」
「それは寧ろ革マル派と敵対してた中核派の武装なんだよ」
「へえ、意外と知っているじゃない赤崩くん」
「おい! そんな気やすく鉄パイプ爆弾を取り扱っちゃまずいですよ!」
と叫んだ瞬間、先輩のから鉄パイプ爆弾が落ちて、
「――という夢を見たの、中村さん」
「先輩私のことなんだと思ってるんスか?」
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