048 何でも知っているわけではないけど
「ちょいちょいオタクくん、聞きたいことあるんだけどさ」
と僕に声をかけてきたのは隣のクラスの
彼女は日焼けした肌とまっきんきんに染めた金髪が目を引く所謂黒ギャルで、僕が好意を寄せている女子高生だ。無論、彼女に彼氏は既にいる。
「ヘビースター使ってプランテスで42秒切る方法おせえて」
「オタクならなんでも知ってると思うなよ」
wikiとか動画見ろよ。
僕らが生まれる前のゲームじゃねえか。
最近見てないけど、ヘビースターでその記録はそうそう出せない値だろうが。
黒ギャルがぶっこむボケじゃねえだろ。
「まじかー、オタクくんなら知ってると思ったんだけどな」
「よしんば知ってたとしても再現できるもんじゃねえだろ」
「そりゃまそうか。いやー私、疑問が浮かぶとすぐ解決したくなるタチでさ」
人なつっこそうな笑顔を浮かべる中村さん。可愛い。
特に既に彼氏がいるというところが可愛い。
「あ、そういえばもっと他にも聞きたいことあるんだった」
「なんでしょうかね」
「この前彼氏と一緒にエヴァンゲリオンのTV版と旧劇場版と新劇場版を見たんだけど……」
「やめろやめろ、絶対それも僕の手に余る質問だよ」
「え、まだ何も言ってないじゃん。オタクくん好きでしょ、エヴァンゲリオン」
「好きだからといってなんでも知ってるわけじゃないんだよな……」
「あ、今の深い言葉。めっちゃ女子が共感する歌詞って感じー」
絶対にそんなこと思ってなさそうな軽薄な口調でそういう中村さん。
「じゃあ別の質問するわ」
「僕が答えられることにしてくださいね」
「リーマンゼータ関数の零点が、負の偶数と、実部が 1/2 の複素数に限られるという予想の証明についてなんだけど――」
「リーマン予想なんか僕に限らず全人類の手に余ってんだよ!」
数学上の未解決問題をいち高校生に尋ねるな。
我ながらよく知ってたもんだよ、ミレニアム懸賞問題の内容をよ。
「えー、意外。オタクくんなら知ってると思った」
「知ってたら僕高校なんか通ってねえよ。懸賞金で悠々自適の暮らししてるから」
「そりゃまそうだよねー。ちなみにそのくらいの大金手に入ったら、まず何したい?」
「え、なんだろ……黒ギャルのいっぱい居るキャバクラを貸し切りにするかな……」
「懸賞金なくても頑張ればギリ出来そうな夢だねー」
ま、そんなわけで、と急ハンドルで話を変えようとする中村さん。
「そんじゃー私そろそろ帰るわ。なんか最近物騒だしね」
「え、帰っちゃうんですか?」
「なにその意外そうな顔。まあ別に特に用事があるわけでもないけど」
「はあ……じゃあ、今度は僕が質問してもいいですか?」
「ん、いいよー、珍しいね。オタクくんの方からなんて」
「ウチの高校に爆破予告を送った犯人って中村さんでしょ?」
きょとんとした顔をする中村さん。
「……それ、質問じゃなくない?」
「まあ、質問というか、確認だよね」
「……証拠とかなにかあるわけ?」
「ないね。まあそう思った理由はいくつかあるけど」
「マジー? 聞かせて聞かせて」
「まあわかりやすいところから。僕に犯人を訊ねなかった、というのが一つ。エアライド攻略法だのエヴァ考察だのミレニアム懸賞問題だの、絶対僕が知り得そうも無い質問ばっかりする中村さんが、さっきHRで知らされたばかりの爆破予告の犯人については一切聞いてこなかった」
「はーん。確かにそりゃそうだねえ」
「二つ目。中村さんはいつも自分で調べられることはまず自分で調べる。それでわからなかったものだけ誰かに尋ねる――そういう性格だということ」
「ふうん、まあそれも自覚あるね。でもそれって一つ目の理由と合わせると、単に私が既になんらかの手段で犯人を知っている、という可能性もあるじゃん」
「いいや違うね。中村さんが知りたいのは犯人じゃないからだ。そして三つ目だけど――犯行予告の日って、中村さんの誕生日でしょ?」
「うわーそんなこと知ってんだー、キモチワル」
「いや、僕にも誕生日プレゼントくれって、催促してたじゃん……」
「ちょ、冗談だって! そんな傷ついた顔すんな!」
はー、と頭を掻きながら中村さんは溜息を吐く。
「あーはいはい。私が犯人ですよ……ちなみに動機も知ってる?」
「爆破予告が学校に来たらどうなるかが知りたかったからでしょ? 疑問が出たらすぐ調べたくなるから、実際に出してみて調べたから。ついでに、自分の誕生日が平日だから休みにしたかった。後半は本当についででしょ?」
「あーはいはい。降参降参。いやーオタクくん、アタシのことよく見てんねー」
「ええ、そりゃあもう。僕中村さんのこと大好きなので」
「くっそー、まったく罪な女だぜ、私ってヤツは」
「本当に犯罪犯したヤツがその台詞言うの、聞くのは初めてかも知れない……」
で、これからどうするの? と中村さん。
「やっぱ警察にチクる?」
「まさか。そんなことはしません」
「いいヤツだねー、オタクくん。いや、悪いヤツかな」
「代わりに僕とデートしてくれるというのは……」
「え、彼氏いるし」
「その言葉を待っていた!」
「え、それはマジでキモイし……」
「我々の業界では御褒美です」
「オタク業界、キモ!」
そう言いながら中村さんは笑う。
「ちなみに、私がどうしてなんでも知りたがるかって知ってる?」
「え……そういう性格だからじゃないんですか?」
「それもなくないけどね。ま、明後日くらいになればわかるよ」
と中村さんが言ったのが一昨日。
そして――今日。
「つーわけで、ウチも文芸部に入部希望っすわ。いやーやっぱ小説書くのに一人で色んなこと調べるのは大変だとわかったからさ、やっぱここは同好の士が集まるところに身を置くっきゃないっしょ!」
と中村さんは僕の所属する文芸部の部室にやってきて、そう言った。
「あ、先輩が
「………………………………よろしくっす」
真室川先輩は心底死んだ目で、中村さんと邂逅したのだった。
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