040 どっかで見たような気がする感じですね
どっかで見たような気がする感じですね、と言われた。
そう私に言ったのは――おそらく、初対面の女子高生。
日本語として微妙におかしいような気がしたけれど、まあ、意味はわかる。
「……そりゃ同じ高校の生徒なんだし、どっかで見かけたとかなんじゃない? 実際こうして制服姿のままコンビニで鉢合わせているんだし」
「ええ、それはまあそうなんですけど……そういう感じじゃないんですよね」
むむむ、と言いながら彼女は目を閉じて考えている。
私と同じ高校の制服を着ている。背は私より頭一つぶん近く小さい。私は平均的な女子高生くらいの身長なので、彼女は平均よりも大分背が低いということだ。
「名前を伺ってもよいですか?」
「……
「名前に聞き覚えは――ないですね。私も同じく一年です。クラスは違うみたいですけど。私の名前は
「……まあ、あるような、ないような」
同じ高校の同学年である。入学して一ヶ月も経てば、他のクラスの人間の名前くらい、雑談か何かで聞こえてくることなどざらにある。そうやってどこかで聞いたような名前を全て覚えていられるほど私の記憶力はよくない。
あ、と芳乃は不意に大きめの声を上げた。なにか思い出したのかな、と思ったけれど、彼女はその直後に怪訝な顔をした。
「……どうしたの。なんか思い出したっぽい声だったけど」
「ええ、まあ……いや、どこで見かけたのかは思い出したのですけれど、えっと、その……」
「歯切れが悪いなぁ。もったいぶられても気になるだけなんだから、とりあえず言ってみてよ」
「その前に確認なんですけど……ウチの高校ってバイト禁止ですよね?」
「……? うん、家庭の事情によるけど、基本はそうだった筈」
「沖町さん、メイド喫茶でバイトしてませんでしたか?」
え、と疑問の声を上げる。
「駅の近くのビルにあるじゃないですか、メイド喫茶。この前の日曜に外で客引きをしていたメイドさんがいて、それが沖町さんにそっくりだったんですけれど……」
「……私、メイド喫茶どころかバイトもしてないけれど」
「うーん、まぁ、そうですよね……すごく似ていたような気がするんですけど」
「……けれど、その、貴女が見たっていうメイドに心当たりは、ある、かな」
「あ、お知り合いの方とかですか? というか、沖町さんのお姉さんとかですか?」
「……違う。明日、学校で見せてあげるよ。その子も同じ学校……というか私のクラスに居るから」
芳乃は相変わらず怪訝そうな顔をしていた。
放課後。屋上。
私は件のクラスメイトと芳乃を引き合わせていた。
「沖町さん、こちらの方は……」
「
初めまして、と遙は芳乃に笑顔で挨拶をする。芳乃もそれに応じるように挨拶と自己紹介をした。
「えっと……それで、この方が件のメイドさんなんですか? なんというか、こう、私が見かけたメイドさんとは大分雰囲気が違ってらしたような気がしますが」
「まあ、雰囲気はね」
遙と私の一番の違いは髪型だ。私はアシメショートヘアの黒髪だが、遙は所謂姫カットのロングヘア。その上金色に染めている。
無論、普通に校則違反である。
「まあ、説明するより見た方が早いんだけど――」
と云いながら、私は遙と同じような髪型の金髪ロングウィッグを着ける。
「――――わぁ、そ、そっくりですね……!」
芳乃は驚きの声を上げる。
そう、私と芳乃の顔は、よく似ているのだ。
普段はヘアスタイルや私服の傾向が違うのでパッと見たぶんには気付かないが、こうして髪型や服装を合わせると、初対面の人間相手なら入れ替わっても気付かないほど、顔立ちが似ている。身長やスタイルも同じくらいだ。
私と遙の一番の違いは髪型であるが、逆に言うと違うところがそこしかないということでもある。
「え、姉妹……とかじゃないんですよね……? 親戚とかなんですか?」
「……
「……実際の定義がどうかはわかりませんが、感覚的には呼ばないですね……」
そう言いながら、芳乃はまじまじと私と遙の顔を見比べる。
すると遙はくすりと笑って、
「前に調べたことあるんだけど、一応私と束冴は
「10親等って、親族なんですか……!?」
「民法上は、6親等までが親族らしいけどね」
「他人ですね!」
まあそんなことはどうでもいいんだけど、と私は話を遮る。
「本題はそれじゃなくて……遙、なんで私に似せた格好でメイド喫茶で働いているの? 意味わかんないんだけど」
「え、私がメイド喫茶で働いている理由がそんなに気になる?」
「それはどうでもいい……いやまあそれはそれで気にはなるけど、問題はそこじゃなくて、なんで私に変装してるのかってこと」
「だぁってぇ……束冴、私が束冴の格好すると怒るじゃない。束冴だって私が束冴の格好するの好きなのわかってるのに、やめさせようとするし。だから束冴の目の届かなそうなところでなら大丈夫かなって思ったから、それで」
「じゃあ、家で、やれ……!」
目、届いてしまってるから、現に。
駅近くのビルのメイド喫茶とか、誤魔化す気がないじゃん。
しかも私の見ているところだから問題なのではなく、他人の目の届くところで私の格好をされるのが問題なんだけど。
「ていうか、その理由も嘘でしょ? ウチの高校バイト禁止だから、私に変装してバレたときに言い逃れる為にやってるでしょ?」
「人聞きが悪いわよ、束冴。常に最悪の事態を想定して行動しているだけよ」
「私にとっちゃお前という存在が最悪の事態そのものになりつつある……」
あまりに悪事が手慣れている。
素直に恐怖です。
「あっ、わかった! じゃあ束冴も同じメイド喫茶で働けば解決ね!」
「それ解決って言わない。本末転倒って言う。なにがじゃあだ」
「ところで解決つながりで思い出したんだけど、かいけつゾロリのかいけつって解決じゃなくて怪傑だっていつ知った? 私は小学五年生のときなんだけど」
「口頭の会話でわかりにくい話題やめろ。わかるけど。そしてそんな強引な話題転換で誤魔化せると思うなよ。私は小学六年生のときだけど」
仲いいんですね、と芳乃は暢気な風に言う。
「ええ、私たち、幼馴染みだもの。昔は一緒にお風呂も入ったのに……いつからか一緒に入ってくれなくなっちゃったの……」
「親戚の年下の男の子が成長して一緒にお風呂に入ってくれなくなった寂しさを覚えている親戚のお姉ちゃん風に言ってるけど、そもそも私に遙と一緒にお風呂に入った記憶は無い」
「ええ……? 最後に入ったのは中二のときじゃない。忘れたの?」
「……え? いや、全然わかんない。本当にそんなことあったっけ?」
「修学旅行の夜に一緒に……」
「そんなの一緒にお風呂入ったエピソードのうちに入れねー! それを言ったら当時のクラスの女子全員と一緒にお風呂入ってることになるじゃん」
「いや、生理の子は湯船には入らないからその子たちとは入ってないわよ」
「判定基準、なぜ湯船?」
大体そんなこと言ったら中学の修学旅行、私ちょうど生理だったんだけど。
湯船、入ってない。
というか、こんなあまりにも明け透けな会話をしていて芳乃は困惑してないだろうか――と彼女の方を伺う。
芳乃は曖昧な笑みを浮かべて、
「仲、いいんですね……」
「社交辞令を言わせて申し訳ないとは思うけれど、せめて目は逸らさないで……!」
そんな感じで(どんな感じだ?)。
その日はとりあえずメイド喫茶を辞めるように遙に申し渡し、解散となった。
その週の土曜。
奇遇ですね沖町さん、と芳乃が声をかけてきた。
奇遇もなにも、以前出会ったコンビニなのだから休日に出会ったところで別段奇遇でもなんでもないと思うけれど。まあ単に話しかけるときの話の枕にすぎないと思うので、わざわざそんなところにツッコミは入れない。
「なんかさっきメイド服の沖町さんを見かけたのですが、まさかこんなところで出会うとは。着替えるの早いんですね」
「奇遇じゃねえ! そいつは十中八九私に変装した遙だ!」
まさかこんな銭形警部のような台詞を日常会話で言うことになるとは。
私の幼馴染みとの毎日は、概ねこんな感じで手を焼かされている。
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