038 どきどき☆めもりーすくーるらいふ♡
『ほら! 早く起きなさいっての! このままだとアンタまた学校遅刻するわよ!』
「…………ん、ん、んん~……?」
『もう! アタシが幼馴染みだからって毎朝起こされるのが当たり前になってんじゃないの!? 布団剥いじゃうから……って、キャー! 変態!』
奇怪な声がする。
目を覚ますと――ベッドの横には化け物が居た。
「う、うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!??」
心臓が跳ねる。
およそこの世のものとは思えない異形の姿をした者は、僕の被っていた布団を持ち上げ、弄ぶようにこねくりまわしていた。
「うわっ、うわ、うああああああああああああ!!!」
恐慌状態で部屋を飛び出す。
転がり落ちるようにして一階へと向かう。キッチンに飛び込んで家族に助けを求めようとした。しかし、いつもなら朝食や弁当の支度をしている筈の母親は居ない。父と妹も朝食を取っていない、誰も居なかった。
『ちょ、ちょっとどうしたのよ急に……』
気が付くと――背後にさっきの化け物が居た。
腐ったような肉の色。かろうじて人の形をしているようなその気持ち悪い肉の塊は、声のような音を発しながら僕に近づいてきていた。
『おじさまとおばさまは急な海外出張で暫く家に居ないんでしょう? 妹さんは水泳部の合宿で、暫くアンタは一人暮らしになるって……』
「ひッ……!」
僕は気色悪い肉塊を迂回するようにして家中を探し回る。
おかしい。昨日の夜までは確かに親父もお袋も妹も家に居た筈だ。それなのに家のどこにも居ない。もしかしてさっきの肉塊のような奴に危害でも加えられたのだろうか。しかし、寝室などを見ても部屋が荒らされていたり血痕などもなかった。
――兎に角よくわからないが、とりあえずは逃げなければ。
僕を追いかけてくる肉塊の隙を突いて僕は家を飛び出した。
「――うわぁッ!」
『キャーッ!』
家を飛び出したところで誰かとぶつかる。
『いたた……あーごめんごめん、遅刻しそうで急いでてさ……って、朝食の食パンを地面に落としちゃったじゃん! アタシの朝ご飯どうしてくれんのよ!?』
「ひっ……!」
僕がぶつかったのはさっき家の中に居た肉塊と酷似した、別の肉塊だった。地面には小動物の足のようなものが転がっている。体液のようなものでてらてらと濡れている。この化け物が食べていたものだろうか。
「う、うっ、うわああああああああああああああああ!!!!」
僕はわけもわからず逃げるようにして走り出した。
誰でもいい。誰か居ないだろうか。いつもなら誰かが出歩いている筈の通学路。そこに生徒どころか人は誰も歩いていない。良く晴れた日の朝。あまりにものどかな風景。それに似合わないほど、通学路は無人で、不気味だった。
「誰か居ないか、誰か居ないか、誰か居ないか」
『あれ……先輩? どうしたんですか、そんなに慌てて……』
またあの気味の悪い声のような音がする。
声の方を向かなければ、という思いと、またあの姿を見たくない、という思いが拮抗する。しかし、確認しなければ、僕の危険が増すかもしれない。
恐る恐る声のような音のする方を向く。
『先輩、今日は一人で登校しているんですか? いつもなら幼馴染みの人と一緒なのに……よろしければ今日は私が、一緒に、あの……登校しても、いいですか……?』
「う、う、うううううううう……!」
ゆっくりと僕へとにじり寄ってくる化け物。
まるで捕食するために隙を伺っているようにも見えた。
泣きながら僕はまた走り出す。僕の口からは恐怖で奇怪なうめき声が漏れる。もしかしたら僕もこのまま化け物になってしまうのではないか、という恐怖も出てくる。
気が付くと僕は自分の通っている高校までたどり着いていた。
学校には誰か残っているかも知れない。僕は恐る恐る校門をくぐった。
『む……そこのお前! 遅刻だぞ、何をしている! って、なんだ、またお前か……』「ひっ……!」
校門の影にはまた別の化け物が潜んでいた。
『折角生徒会長の私が遅刻取り締まりをしている週に遅刻とはいい度胸だ。可愛い後輩だなぁ。よし、私が直々に指導してやろう。心を鍛えるならまずは体から。これから剣道場で稽古をつけてやろうじゃないか。これでも女子個人でインターハイ優勝したんだぞ、私は』
「く、くそっ! 離せ! 離しやがれ!」
化け物は触手のようなもので僕の腕を掴むと、どこかげ連れて行こうとする。
恐ろしいほどの力だ。筋肉のようでもあるが恐ろしく硬い触手はものすごい力で僕の腕を締め上げてくる。
『ちょ、ちょっとアンタ! なにしてんのよ! 啓介が嫌がっているじゃないの! 離しなさいよ!』
『ふん、誰かと思ったら啓介の幼馴染みか。丁度いい、君もまとめて私が稽古を付けてやろうじゃないか』
『そんなの要らないわよ! ……ちょっと啓介、大丈夫? 顔すりむいているじゃない』
いつのまにか気色の悪い肉塊の姿が増えていた。
なんとなくだが、先ほど僕の家に居た肉塊に似ているような気もするが、正直どれも同じに見えるような気がする。並べて見ればところどころ差異があるのは分かるが。
『あーもうッ! 結局遅刻しちゃったじゃないの……って、さっきの男子生徒! なに、同じ高校の生徒ってワケーッ!?』
『なによアンタ……啓介の知り合い?』
『せ、先輩……どうしたんですか? みなさん、先輩が嫌がっているじゃないですか……やめてあげてください……』
「ううううううううううううッ……!」
続々と肉塊たちが僕の周りに集まってくる。
ついに僕は肉塊たちに囲まれてしまった。
まるで誰が最初に僕を食らうのか、順番を決めているかのような素振りだ。
僕はそのまま、気を失った。
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