037 白で塗り潰されて

 今日は休みになるだろうな、と思って電車に乗り、実際そうなった。

 僕が通学に使用する電車は冬季の風の強い日だとすぐに運休する。そうなるともう学校に通う手段がなくなってしまう。今日も家を出たところで、これは運休するな、と思いつつ、それでも一応駅まで向かった。

 電車に乗って数駅行くと、案の定電車は運転を見合わせた。こうなるともう昼過ぎくらいまでは動かないだろう。そんな時間から高校へ登校しなおそうとする生徒もいないので、みんな諦めて電車を降りて帰って行く。勿論学校側も運休した場合はそうなることを理解している。


 電車を降りた学生達は、各々の方向へ向けて歩き始める。徒歩で帰れる圏内の生徒は徒歩で。家族が迎えの車を出せる生徒はそれを待つ。バスが出ている方向の生徒は停留所へと。ドがつくほどの田舎なので、喫茶店やファーストフード店など時間を潰せる場所もない。迎え待ちの生徒は大抵は駅の待合室で駄弁って時間を潰す。


 僕はというと、ちょうどいい方向と時間帯のバスもなく、家族は全員働いていて迎えも期待できず、そして歩くには天候が厳しすぎた。なのでバスを待つ為に駅の待合室で待機することにした。一応暖房も効いているので風の吹きすさぶ停留所で待っているよりは遙かにいい。木製の古い椅子の座り心地はよくないが。


 付き合いのある友達はみんな先に帰ってしまい、駅の待合室に居る学生は顔はどこかで見たことある程度の人しかいない。恐らく同学年かそうでないかくらいはわかるが、まあ別に無理に雑談を振るような気にはなれなかった。

 こうなったときのために鞄には暇を潰すためのものをいくつか用意している。今日は本を読むことにした。物理本はこういうときに携帯の充電を消費しないので適している。田舎で充電が切れると自宅以外での充電は難しい。


 読書に熱中している内に、待合室には誰も居なくなった。

 別段他の連中がうるさくしていたわけではないが、のびのびとした気分になる。まるで待合室が自室になったかのような気がする。実際にはそんなことはないが。


 立ち上がり大袈裟に伸びをしたところで――僕以外にもうひとり待合室に人が居ることに気付いた。完全に人が居ないと思って伸びをしたので少し恥ずかしくなった。


 同年代と思しき少女だった。顔に見覚えはない。ダッフルコートを着ているので、制服からどこの高校の生徒なのかも判別できない。もしかしたら高校生でないかもしれないが――まあこの時間に待合室で時間を潰している若いやつは大抵高校生だ。

 あんなやつ居たかな、と思いながら再び椅子に座り本を開く。


 待合室の暖房は移動式の石油ストーブで、部屋には燃焼する音と、外の風の音だけしか聞こえない。


「行かないの」


 いつの間にか少女が目の前に立っている。


「電車、来たよ」


 そんな莫迦な、と思ってホームを見ると確かに電車が動いている。

 外を見るといつの間にか風は止んでいて、しんしんと雪が降り積もっている。

 少女はそのまま待合室を出るとホームへと歩き出していた。

 時計を見ると、バスの時間まで大分ある。このまま帰るつもりでいたが、電車が動いたのなら高校まで向かってもいいような気がした。

 行くべきか帰るべきか悩み、結局電車に乗った。


 電車には僕とさっきの少女しか乗っていない。

 いつもならもっと街へ向かう老人とか居るんだけどな、と意外に思った。まあでも、こんな時間帯の平日に電車に乗ることもないので、案外いまの時間だとこんなものかもしれないな、と思い直した。


 扉が閉まり、発車する。

 外は風こそ吹いていないが雪の降り積もり方が酷い。銀世界、などという情緒もなにもなく、塗り潰すというような勢いで雪が降っている。


 ねえ、と少女が話しかけてくる。


「これから何処へ行くの?」

「……は?」

「あなたは電車に乗って、何処へ行くの」


 なんでそんなことを訊くんだ、とか、そもそも誰なんだ、など疑問が巡ったが、


「――そりゃ、学校に」

「なんで?」

「なんで、って訊かれても……遅延で遅刻はしてるけど、別にいまの時間なら……」


 そう答えながらも、何故電車に乗っているのだろう、という気分になる。

 大した意味も無く電車に乗ってしまっているような居心地の悪い気分だ。

 このまま到着したら手持ち無沙汰になりそうな、そんな気分だ。


「そう。じゃあ間違えちゃった」

「なに……を?」


 少女は答えず、車窓の外を指さした。

 外はいつの間にか雪が酷くなっている。暴風雪が酷いのか、まったく景色が見えない。そういえばこの辺りは山が近いので、吹き下ろす風はとても強い。だから雪でこんなに見えなくなっているのか――、


「いや……じゃあなんで電車が止ってないんだ?」


 ここまで天候が荒れれば先ほどまでのように電車は止まる。

 そもそも、外の風の音も聞こえない。ここまで荒れれば車内でも風の音は聞こえる。まるで濃霧に包まれているかのように電車の外は白色で視界が失われている。


 帰らないとね、と少女は云う。

 振り返ろうとして、



「おい、おい! しっかりしろ! 大丈夫か?」


 僕は床に倒れていて、

 駅員に体を支えられていた。


「おい、だれか水もってこい、水。なんでこんなとこで寝てるんだお前。寒いからってストーブの横で寝るやつがあるか。一酸化炭素中毒ンなるぞお前」

「え、え……?」

「ほら飲め。そんでゆっくり息吸え。頭痛くねーか? 大丈夫か?」


 言われるがままに差し出されたペットボトルの水を飲む。

 冷え切った水が消化管を撫でて胃に流れていくのを感じる。


「……ここに、もうひとり居ませんでした?」

「……? いや居ないよ。寝ぼけてたのか? あっぶねーなぁ、ストーブに近づきすぎるなよ? 大丈夫そうには見えるが、体調おかしかったら俺らに声かけろよ。じゃあな」


 そう言うと駅員は戻っていった。

 なんであんなに砕けた口調なのだろう、と思ったが田舎過ぎるので顔ぐらいは覚えられているのだろうと思った。


 外を見ると相変わらずの風と雪だった。


 少女の顔は、もう思い出せない。




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