035 生命を繋ぐ螺旋

「先輩、おむすびころりんって昔話あるじゃないですか」

「ねえよ」

「ものすごい嘘吐かないでくださいよ! 聞いたことあるでしょ!」

「あるけどねえよ、お前の話は全部ねえ」

「後輩の話の枕を叩き潰さないでください! まあ、で、おむすびころりんですけど、あれ、穴におにぎり落としたらなんやかんやで財宝の宝箱もらえるって話じゃないですか。で、ここになんかここにめっちゃそれっぽい穴があるっす!」

「……で?」

「落としてみたら――ワンチャン大金持ちになれるかも!」

「わざと落とした意地悪爺さんがどうなったのか忘れたのか?」

「あれは意地悪爺さんが落とした先の鼠を脅したのがよくないんですよー、先輩、昔話ちゃんと読んでないっすねー。というわけでおにぎり落としてみませんか?」

「全ての米農家から一発ずつ殴られとけ、お前」

「まあまあ、先輩カタいこと言わないで。たからくじが当たるくらいの確率はあると思うんですよ」

「じゃあ宝くじ買ってろよ」

「それじゃあちょっと夢がない考えじゃないッスか~? 先輩」

「それ普通宝くじを買わない人間に対して言いがちな煽りなんだが……」

「というわけで落としてみるッス、先輩のおにぎり」

「てめェ!」


 落ちたおにぎりは直径20cm程の穴を通過して地下13.75kmまで転がっていく。螺旋状に掘られた穴を通じた先にはかつて国家社会主義独逸労働者党――通称ナチスが第二次世界大戦中に同盟国たる日本に建設した秘密基地があった。


 ナチスが日本に設置した秘密基地では日本の大地に眠る霊脈を軍事利用する研究がなされていた。1925年に環状運転が開始された山手線の設置により、霊峰たる富士山と高尾山より引き込まれた霊力を効率よく汲み取り利用できる場所にその秘密基地は存在した。


 おにぎりがエントリーするときに通過する穴は一様な太さではない。通常の穴であれば転がるにつれてその形状を維持出来なくなり途中でボロボロになってしまうだろうが、この穴には最後までおにぎりが形状を保ったまま転落することが出来るように適宜再成形される機構が備わっている。どのような形状のおにぎりであっても、地下13.75kmの地点にたどり着く頃には必ず正三角形になり、その中央には目の模様があしらわれている。その形状や態様は秘密結社イルミナティなど使用されているプロビデンスの目の模様に酷似していた。


 螺旋状の穴を通じて地下13.75kmにエントリーされたおにぎりは、異世界へと通じる扉を開く鍵である。転がってきたおにぎりによって最後の安全装置が外れ、転移門が起動する。この場所にあったのは世界各国から集められた植物の種が長期に保存出来る環境の整ったシードバンクであった。その種たちが、門を通じて異世界へと流れ込んでいく。


 異世界へと流れ込んだ種の多くは、その環境に適応できず死んでしまった。しかし、一部の種はその場で発芽した。また、そうでなくとも鳥類に食べられ、遠方で糞として再び地上に放たれ、そこから生命を咲かせる種もあった。その内のある種は生長し、実を結んだ。それを現地人が発見し、食すことでそれが美味であることが知られた。


 現地人によって発見されたその食物は、どうにかして大量生産が出来ないかと試行錯誤を受ける。あるとき一人の天才――あるいは転生者とも呼ばれた者の手によって、驚異的な生産効率の栽培方法が確立し、異世界の大陸全土に瞬く間にその食物が伝わることになった。


 十数年後、その食物の伝道者となったその天才は、僻地にもその栽培方法を伝える活動を行っていた。とある寒村において実ったその食物の収穫祭が行われた。天才はその食物を使用した、極めて簡易的な料理を作り、現地人へと振る舞った。


「なあ、旅人さん、この料理は――なんという名前なんですかね?」

「これかい? いいとも、教えてあげよう。この料理の名前は――」


 おにぎり!




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