033 マスターキーの行方
現状を端的に言い表すのならば、その一言で充分だろう。
容疑者は五名。被害者は一名。
殺害されたのは館の主の
彼はその手段で集めた同好の士と共に、趣味について熱く語り合うお泊まり会を計画した。彼の別荘である洋館に集められた参加者たちと大炊御門氏は夜遅くまでお菓子やジュースを口にしながら楽しく談笑し、その後就寝した。その翌朝、大炊御門氏は自室で冷たくなっているところを発見された。彼は頭を銃器で撃ち抜かれていて、遺体の側には凶器と思われるグロック17が落ちていた。
職業は会社員。二十八歳。男性。
彼は今回集められた参加者の中で一番若く、一番新しく大炊御門氏と知り合った人間である。一ヶ月ほど前にSNSで知り合ったが、よほどウマがあったのか今回館に呼ばれることになった。趣味は海外旅行で、長期休暇のたびにアメリカへ渡っているらしい。
職業は小説家。三十八歳。男性。
彼はミステリや刑事小説を中心に作品を発表している小説家である。ちなみに本名がそのままペンネームになっている。大炊御門氏と知り合ったのは半年前のことで、彼だけSNSを通じて知り合ったのはなく、彼のサイン会に訪れていた大炊御門氏との邂逅をきっかけに交友が始まったとされている。
職業は同人作家。三十二歳。女性。
彼女は同人漫画家として生計を立てている。ジャンルはオリジナルのおねショタ本。最近では商業でも作品を発表し、名前が知られ始めている作家である。他の人間とは違い、彼女の方から大炊御門氏をフォローすることで交友関係が始まったとされている。
職業は執事。六十一歳。男性。
今回の最年長。大炊御門氏に元々長きに執事として仕えてきたが、SNS上での関わりは二ヶ月前までなかった。彼らが同じ趣味を持つフォロワー同士と判明したのがこの会の開かれる一週間前のことで、急遽執事としてだけでなく同好の士として参加するに至った。
職業は探偵。三十三歳。男性。
大炊御門氏と知り合ったのは三ヶ月前。閑古鳥のなく探偵事務所に彼から送られてきたおねショタ本を暇に飽かせて読みまくったところドハマりしてしまった。そして今彼は他の容疑者を広間に集め、今回の事件の真相を語ろうとしている――。
「一同を集めて探偵さてと云い、というのはあまり好きじゃないんですがね――」
とは言いつつ探偵はとても嬉しそうな顔でそう切り出した。
その場にいる全員が嘘吐け、と思ったがいい大人なのでいちいち指摘しない良識があった。
「まどろっこしいのは省きましょう。名探偵なので。犯人はあなたです――八月一日六郎さん!」
びしぃっ、を人差し指を向け、探偵はそう言った。衝撃の犯人発表の筈なのだが、向上の内容のやかましさに気を取られて全員のリアクションが一拍以上遅れた。
「大炊御門氏の部屋は密室だった。マスターキーは元々この館に存在していた筈だが、朝あなたが大炊御門氏の部屋に入ろうとしたときに持ち出そうとしたときに、紛失してた――と仰いましたね」
「ええ、そうです」
「なので、マスターキーの所持者が犯人、もしくは大炊御門氏の自殺ということになる――という結論に見せかけて、その実、別の方法で密室を造り上げた。部屋をくまなく調べたところ、なにか糸が張られたような痕跡が見つかりました」
「じゃ、じゃあこの密室は針と糸的なものによって作られたものだったんですね!」
一尺八寸氏が少し興奮したように云う。茶番のような推理発表の場にあてられたのかもしれない。
「半分正解です。なぜなら、この密室は作られたものですが、針と糸を用いたのではありません」
「で、ではどのように」
「簡単ですよ――マスターキーをそのまま使用したのです」
は、一尺八寸は空気の抜けたような声を上げる。
「試してみたところ――あの部屋に残っている糸の痕跡を再現しても、どうやっても室内に鍵を入れることはできませんでした。つまり、針と糸を用いて密室が再現できる――という風に見せかけて方法の一意性を誤認させ、その実マスターキーを用いて堂々と部屋に鍵をかけたのです。それが出来たのは執事の八月一日さん、あなただけだ」
「ほっほっほ、素晴らしい推理です……次回作の参考にしたいくらいですよ」
「あれ、それって私の台詞じゃない?」
「おねショタ同人本のどこで使うんだよその台詞。ミステリ作家の僕が使うべき台詞だろうがよ。そして大して素晴らしい推理でもねえし」
「ですが探偵さん……その推理には決定的なものが不足している……証拠、それがなければ、私を犯人とは断定できませんねえ……ですが、面白い推理です、次回のおねショタ本の参考にさせてもらいますよ」
「つかうの!? おねショタ本で!? その台詞を!? そしてあんたはどの立ち位置の人間なんだよ」
「証拠ならありますよ……あなたの体にね!」
どや顔で探偵はそう述べた。
「あなたの執事服の不自然に盛り上がったその部分……ポケットに鍵が入ったままでしょう? 大炊御門氏の殺害が判明してからその鍵を処分する機会はなかった……だからあなたは鍵を持ったままなんです。それが動かぬ証拠!」
ミステリ作家の四十九院は御粗末な推理に頭を抱えた。
「ふふふ……やれやれ、悪いことはできませんな」
「え!?」
「そうです、私が大炊御門を殺しました」
「認めちゃうの!? いや自白する分にはいいけど、絶対言い逃れできる余地あったと思うよ!?」
「いいえ、ありません。その証拠にほら、私はマスターキーを持っているのですから」
そう言うと八月一日は不自然に膨れ上がった部分からソードオフショットガンを取り出し、探偵に向けて銃撃した。室内は探偵の血で紅く染まった。
一瞬の出来事に一同は硬直する。
「ソードオフショットガン……近距離での破壊力を高めたこの小銃は、緊急時に扉を開けるために使用されることもあるため、マスターキーと呼ばれることもある……」
「な、なんでこんなことを……」
「決まってんだろ! おねショタは逆転しちゃダメだろうが! てめえら全員皆殺しだッ!!!」
八月一日は銃を乱射し、その場に居た人間を全て銃殺した。
四十九院は薄れ行く意識のなか、ちゃりん、と本来のマスターキーが床に落ちる音を聞いた。
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