030 Complex Plane
彼とは中学からの付き合いで、今年で五年目になる。僕よりも少し背が高く、顔も悪くない。とても義理堅い性格をしていて真面目だ。テストのときにこっそり僕に答えを教えてくれるようにお願いしてみたけれど「それはダメだ」って普通に断られた。まあ、僕も駄目元で頼んでみたのだから別にいいのだけれど、ちゃんとそういうことは断るんだな、と意外に思った。
基本的には僕の提案などには賛成してくれる気のいい友人なのだが、彼は彼でしっかり意見や意思のある一人の存在である。道義や倫理から外れたことを言えばきっちり訂正してくれる。勿論、僕が本気で言っているわけではないのを分かった上でだ。僕は彼は一人の確固たる意思のある存在だということを確かめたくて、僕は無茶なことを言っている節もある。彼は僕の親友だ。たとえ実体が存在しなくとも。
いや、フレンドではない。恋人だ。彼女も笹原と同じ時期に生まれたイマジナリーフレンドだった。僕たちが中学を卒業するときに唯と恋人同士になった。尤も、それ以前から恋人とそう変わらない間柄ではあった。時間さえ許せば唯は常に僕にべったりとしてきて離れない。これは恋人同士になる前からずっと唯はそうしてきていた。健二は昼休みや放課後は一緒につるんでいるけれど、それ以外の時間に彼が現れることは少ない。けれど唯に関してはおはようからおやすみまで僕と一緒に居る。寧ろ唯が僕にべったりだから、健二は唯ほど僕の前には現れないのかもしれない。
唯はなんでも僕のいうことを聞く。それこそ道義や倫理などを気にする感覚は彼女にない。授業中でも隙あらば僕とべたべたしようとしてくるし、健二なら断るような行為もためらいなくやる。前に冗談で傘でもパクっちゃうかと言ったら元気よく返事してビニール傘をパクってきたりした。勿論そのあとすぐに戻したけれど(イマジナリーフレンドの行動だから実際に傘が持ってかれたワケではないが、気分としての問題だ)。寧ろ僕が彼女の行動を制御している感じだ。
とかく唯は僕と性交渉を行おうとする。イマジナリーフレンド相手でもセックスは出来るらしい。出来るらしい、というのは試したことがないからだ。ネットの情報によると、イマジナリーフレンドも妊娠から出産までは行えるらしい。そして生まれてくる子供にも健二や唯と同様に意思がある。意思ある存在を気軽に生み出せないのは現実の人間もイマジナリーフレンドも変わらない。だから僕は唯とセックスすることは当分ないと思う。
いつものように唯は僕の右腕にまとわりついている。変わらない朝の登校風景だ。他の人間からしてみれば全く見えない存在だけれど、僕にとっては見えるし聞こえるし触れる存在だ。本当に腕に彼女の柔らかい感触を感じている。それに伴って体のバランスも歪む。その所為で歩幅も微妙に狂ってぎこちない。その動きが他の人間から不自然に思われているような気もするけれど、まあ、そんなに気にしていない。
「おはよう」
健二が僕たちに挨拶してくる。さっきまで笑顔だった唯が真顔になる。唯はいつもこうだ。僕のイマジナリーフレンド同士なのに、二人の仲はあまりよくない。というより、唯が健二を一方的に疎ましく思っている。健二が現れると二人の仲を邪魔されると思っているのだろう。僕にとっては健二も唯も大切な存在だから仲良くしてほしいのだけれど、その一方で焼き餅を焼かれているというのも悪くない気分だ。
「学校、行きたくない」
唯はそうごねる。
唯は僕や健二と同じ高校二年生の年齢の筈だが、どうにも性格は子供っぽい。中学一年のときに生まれてきてから、精神年齢はちっとも上がっていない気がする。
「今日も学校サボるのかよ」
真面目な健二は矢っ張りそう言う。
「そうだぜ、唯。あんまり学校に行かないと僕もお前も進級出来ないぞ」
「進級出来なくなって生きていけるもーん」
まあ、そりゃイマジナリーフレンドだからどうにでもなるが。
寧ろその点で言えば健二の方が奇特とさえ言える。
こうなってしまうと唯は梃子でも動かない。イマジナリーフレンドだからこそ動かせないというのは皮肉な話のように思える。
まあ僕も学校に進んで登校したいわけでもない。イマジナリーフレンドなんかと喋っている僕は学校で浮きまくりで友達なんかいない。出席日数さえ満たせば僕はそれでいい。
「悪い、健二。今日は僕ら学校休むわ」
「……あんまりサボるのも大概にした方がいいぜ」
とはいいつつも、唯の頑固さを知っている健二はそれだけ言って学校の方へ向かってしまった。健二が居なくなった途端、唯は露骨に笑顔になる。
「ね、帰ったらお風呂入ろ、一緒に」
「はいはい」
こうして十分ほど前出た我が家へと僕たちは帰宅する。
唯の体には胸の辺りに大きな瑕がある。どうしてそんなものがあるのかはわからない。生まれたときからある。風呂に入って唯の体を洗っているとき、どうしても気になってしまう。見苦しいわけではない、痛そうだな、と思って気になってしまうのだ。
唯は僕の世話を焼きたがる質なのだが、風呂に入るときに限っては何もしない。必ず僕に洗わせようとする。それ以外なら箸使いから排泄にまで口を出しかねないほど僕の世話を焼きたがるのだが、何故か風呂だけは別だった。
恐らく他人から見たら僕が普通に自分の身支度を調える行動を取っているだけに見えるのだろうが、僕の主観では全部唯がやっているように見えている。不思議な感覚だ。まあ不思議な感覚とやらを言い出したらイマジナリーフレンドの存在からしてそうなのだけれど。
「ねえ、いつになったら子供を作ってくれるの?」
唯がそう訊いてくる。
「すくなくとも高校を出るまでそういうことはなし。大学に入ったら――まあ流石にそのくらいになったらセックスはいいだろう。勿論、稼ぎが安定するまで子供は作らないけどさ」
「そんなの私たちには関係ないよ」
まあそれはそうだ。実際的に金が掛かるわけじゃない。
けれども責任とかそういうのを果たそうとするとなると、矢張り今すぐという気分にはなれない。
「まあ大学まで待てって」
「はぁーい」
そう言って湯船に体を沈める唯は、恋人というより子供みたいだった。
「――今日は一人なの?」
「ああ……まあな」
「ねえ、いい加減あいつらとつるむのやめようよ。アンタまで頭がおかしくなるよ」
「俺はあいつの友達なんだよ。そういうことは――できない」
「義理堅いのもいいけどさ、でも――」
「事故だったんだ。あいつらは、なにも悪くない。只少し、現実を見るのが怖いんだ」
「そう言ってもう五年になるんでしょう。悪くないっていうなら、アンタだってなんにも悪くないよ。裏でアンタが色々言われているのを聞くの、私もうヤダよ」
「……それでもだ。俺はあいつらと関わることはやめない」
「閉じた人間じゃなくて――私を見てよ、笹原」
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