028 鶴の恩返しを西尾維新文体で
「先日助けていただいた鶴……を、その、大切に飼っていました、えーと、鶴子、と申します。助けていただいたお礼になんでもするわ。手始めに、裸エプロンで身の回りのお世話とか、しましょうか?」
鶴が居た。
正確には――恐らく美少女に扮した鶴、だと思うが……。
だって、背中から鶴の羽が生えてるもんな。
羽が生えていること以外は完全に美少女だ。黒くて長い髪はまさに濡れ羽色という言葉の通り黒々として、美しく整えられている。肌もちょっとそこらでは見かけないくらいに白い。普段から農作業をしているような生活では、このような肌の白さは得られない。ひょっとしたら、貴族や大名の娘だってこんなに白く透き通るような肌を持っていないかもしれない。それほどまでに、目の前の彼女は完璧に美少女だった。
背中から鶴のような羽が生えていること以外は。
「……………………」
「あら、どうしたのでしょう。美少女が押しかけてきたことに感動して言葉を失ったのかしら。これだから童貞は」
「お礼をしに来た人間の言い草じゃねえな」
「お礼と言ってもお礼参りの可能性だってあるじゃない」
恩を仇で返すつもりらしかった。
「嘘、嘘。冗談。本当にお礼をしに来たの。なにかして欲しいことはあるかしら。いますぐ帰れとか、それに準ずる内容以外なら訊いてあげるわ」
「なんでそんなに上から目線なんだ、助けて貰った側がよ……」
「あらご免なさいね。人間の言葉というものは難しいのよ」
「まるで、実は人間みたいじゃないみたいな言い方だな」
「そんなことあるわけないじゃないの。どこからどう見ても人間の美少女じゃないの。嬉しいでしょう。嬉しがれ」
「人間だって言うのなら……じゃあその背中の羽はなんなんだよ」
「これは……あれよ、蝋で出来た羽なのよ」
「お前はギリシャ神話の登場人物だったのか!?」
話を取り繕うのが下手過ぎる。
「この羽でここまで飛んでやってきたのよ。ちょうど外は猛吹雪だったから蝋が溶けなくて助かったわ。蝋の羽にとっては最適の天候ね」
「猛吹雪が飛行そのものに適さない天候だが……」
「うるさいわね。その猛吹雪の外にこんな美少女を追い出そうというのかしら。鶴を助けたとは思えない人間の行動ね。おとなしく美少女をお礼を受け取るというのが人情ってものなんじゃないのかしら」
どうして僕は鶴を助けただけでこうまで言われなきゃならないんだろう。
人間の言葉が難しいとかそういう問題ではない気がする。
まあ、それはそれとして、確かにこんな猛吹雪の中で帰れというのも酷な話だ。相手が鶴だろうと人間だろうと、だ。とりあえずは家の中に入ってもらおう。こいつが勝手に酷な環境でやってきたとはいえ。
……もしかしたらそれも計算ずくなのかもしれないが。
「まあ、外はこんなだしな。お礼とかは兎も角、落ち着くまで囲炉裏で暖まれよ」
「そうさせていただくわ」
そういうと鶴子と名乗る女は(今更だが名前のひねりがなさすぎる、少しは取り繕った名を名乗れ)悪びれもせずに囲炉裏の方へと進んでいった。
「雪で冷えた体はね、こうして暖めるのがいいの。正面から向かって手や顔を炙るより、背中を囲炉裏に向けるようにするの。こうすることで全身が温まりやすくなるわ。このくらいのことは、知っているのよ」
「まあ、それはそうだが」
羽、溶けるじゃん。
その羽が本当に蝋だとしたら溶けるじゃん。
ここまで後先考えずに嘘をつくやつが居るのだろうか。しかし本人は自分の話の誤謬には目もくれず、うまく人間に化けてやったぞ、みたいなドヤ顔をしている。
普通に腹が立つ。
「まあ……とりあえずさ、鶴子さんとやら」
「そういえば私身寄りもないし飼っていた鶴もなんやかんやで死んでしまったわ。そして外の猛吹雪も暫く止みそうにないわね。仕方ないからここで一緒に生活してもよいかしら。勿論身の回りの世話は私がするわ。勿論裸エプロンでね。食い扶持は心配しないで、私こう見えても布を織るのが得意なの。反物なんか幾らでも巻けるようにしてあげるわよ」
「話を巻きすぎだ!」
勝手に同棲するのを前提にしやがって。
一度に沢山押しつければいくつかは通るかとでも思っているのだろうか。
「あとどうでもいいけどなんでそんなに裸エプロンを推すんだよ。少しは時代に即した格好をしろ。時代考証がぐちゃぐちゃなんだよ」
「え、だって、裸エプロン、男の子はみんな好きでしょう?」
「みんな好きかは知らないが……」
「裸エプロンの美少女との生活で困る事なんて、目のやり場くらいでしょう?」
「その点について既に知悉していただいているのはありがたいが、目のやり場以外にも困るところはあるだろう。外は猛吹雪なんだぞ」
「まあ、季節というか、時間に合わせた格好ではないわね」
「場所と場合にも合ってないからな、裸エプロン」
「でも裸エプロンって羽の邪魔にならない格好だし……」
「じゃあ外せよその蝋の羽をよ……」
すべての話題がその羽の存在に収斂してしまう。
その羽がいちばん時間と場所と場合に相応しくない。
「さて、体も温まったことだし、早速布でも織ろうかしら。それじゃああっちの部屋を借りるわね。あと、その前に一つ忠告しておくことがあるわ」
「知ってるよ、織ってるところを見ちゃダメなんだろ」
「既にご存じとはありがたいわね」
「正体がバレたら帰らなきゃいけないもんな」
「どういう意味で言っているのかわからないわ。ただ、もし戸を開けて様子を見ようとすれば、そのとき私の持っている針があなたの両目を失明させることになるでしょうね」
「恩人に対する仕打ちじゃねえ!」
「そこまで恩を返すことに本気、ってことよ」
そういうと鶴子とやらは隣の部屋に入っていき、作業を始めたのだった。
それが僕と鶴子の、奇妙な生活の始まりだった。
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