023 文芸部美少女は恋愛の初夢を見るか
「
「……かくし芸?」
「おやおや、文芸部いちの博覧強記を誇る赤崩くんともあろう者が、かくし芸を知らないとは意外だね。よろしい、この真室川先輩が教育してやろう。かくし芸とはな、社会的な集団や組織の宴会に於いて、その組織の中である程度の権力を持った者が、権力を有さない構成員に対して一芸を披露することを強要するものだ。多くは年末や年頭の挨拶を兼ねた宴会の場に於いて強要されるもので、パワーハラスメントの一因となっていることで有名だね」
「解説までそんなに捻くれなきゃ気が済まないんですか、あんたは」
間違ってはいないが、間違っていないだけだ。
正鵠とはちょっといいにくい解説。
「おや、その様子だと本当は知っているみたいだね」
「そりゃかくし芸自体は知ってますよ、やったことはありませんがね」
「成程。かくし芸は一度も人前に披瀝しないからこそかくし芸と呼ぶに相応しい。いやお見逸れした、流石に赤崩くんともあろう人がかくし芸を知らないはずはないだろうと思っていたが、一家言もつほどの造詣がかくし芸にあったとは、流石の私も知らなかったね、君を見くびっていたようだよ、赤崩くん」
「あんたの認識はゼロかイチしかないのか?」
僕を不当に見積もることに定評のある先輩だった。
どういうパーソナリティなのだろう。
「まあ冗談はさておき――かくし芸を見せておくれよ、赤崩くん」
「悪い冗談が続いてますよ、真室川先輩」
「ちっ、意外とノリの悪い人間なんだな赤崩くんは。こちとら君に対して失恋したばかりなんだぞ」
「失恋したばかりの人間がする絡み方じゃないんですよね、それ」
三日前。
真室川先輩はわけのわからない失恋をする夢の話をしたあと、そのあと僕に告白してきたのだった。夢の中で失恋したなら現実は大丈夫だろうと高をくくっての行動だったらしいが、残念な事に僕の好みのタイプは黒ギャルだったので先輩とそういう仲になることはなかった。先輩は黒髪ロングでミステリアスな美少女、文芸部に居るべきであろうパーソナリティと容姿を持った器量よしの女子高生で、そんな人間の告白を断るなどあまりにも傲慢が過ぎるとは我ながら思うのだが、やっぱり僕は黒ギャルが大好きなので先輩の告白を断ったのだ。無論、部室は爆発しなかった。
僕は隣のクラスの
まあ黒ギャルだから普通に彼氏いるんだけど、あの人。
「ふーん……それじゃあ仕方ないな、代わりに私がかくし芸を披露してやろう」
「え、あ、そうすか……」
「まあ待っていたまえ赤崩くん、準備するから」
と言うと先輩は鞄からなにか道具を取り出して机の上へと広げていく。
あのウザ絡みはかくし芸とやらの前振りだったのか……。
まあかくし芸はいいんだけど、いま普通に秋なんだよね。
忘年会にしても新年会にしても中途半端な季節だ。
別にかくし芸は年末年始にしなければならないということはないけどさ。
「よし準備は整ったぞう、赤崩くん」
先輩は机の上に化粧道具とおぼしきものを広げていた。
「……なにするんですか? これから」
「ふふーん、これから早化粧というかくし芸を披露しようかと思ってね」
「は、はやげしょう?」
「ああ、言葉のそのままの通りの意味だね。高速でメイクを行い、まるで別人のようになってみせようと言うのだ。さて、じゃあ見ててくれたまえよ赤崩くん」
というや否や、化粧道具を持った先輩はものすごい勢いで化粧を始めたのだった。
早化粧ってなんだよ、とか、女性が化粧している様を目の前で見ていていいのか、など色々ツッコミたいところは多数にあったのだが、流石に先輩が芸と称するだけはある、見事な手捌きと人外のような速度で、先輩は自らの花のようなかんばせに化粧を施していくのであった。
「ばばーん! これ終了だ! どうだい赤崩くん!」
「おおおおお……!」
10分後。
僕の目の前には――完璧な黒ギャルが存在していた。
肌は健康的な小麦色、睫毛はしっかりと盛られて目元はケバケバしくはない程度にメイクされ、髪も金髪のウィッグでしっかり盛られている。
完全に黒ギャルだ。
「すごい! 先輩! 完全に黒ギャルじゃないですか!」
「ふふん、どうだ惚れ直したかね赤崩くん」
「別に惚れていたワケではないので惚れ直すという表現は不適当かと思いますが、僕はいま先輩に惚れそうですよ!」
「ありがとう赤崩くん! メイクする前と後であからさまにテンションと態度が違うので正直傷心しているぞ私は!」
しゅるり、とセーラー服のスカーフを外す先輩。
正直黒ギャルと冬服セーラーという組み合わせは個人的に微妙ではあるのだが、その妙に蠱惑的な行動とのアンバランスさが妖艶に見えた。
「さて――私がここまでやったんだ。まるで通常使用するブラウザの座をchromeに奪われ続けているEdgeが、どうにかその場所に成り代わろうとするようにchromeに機能が近似していくような真似をしているんだ、私のことを健気だと思うだろう?」
「その例え、あんまりピンと来ませんが」
「ええい! ここまでアイデンティティをかなぐり捨ててまで迫っているということなんだ! もう少し気の利いたことは言えないのか、きみは!」
そういうと先輩は立ち上がり――セーラー服を脱ぎだした。
「なあ――どうだ、前にも言ったように、私は結構男好きのするいい体をしていると思うんだが――君はどう、思う……? 赤崩くん」
「せ、せんぱい――」
なまめかしくセーラー服をまくり上げ、下着が見える。
それを見た僕は――、
「あー……やっぱ白い肌が見えると黒ギャル感が薄れますねー。水着の日焼けあとくらいならいいですけどやっぱり白い肌が見えるとなるとなー……違うよなー」
「君はどこまで鬼畜なんだ赤崩くん!?」
もっていたスカーフを机に叩きつける先輩。
力任せの割に叩きつけたものがものなのでいまいち迫力がない。
「やっぱなー、モノホンの黒ギャルであるところの中村さんを知っちゃってるからなー、僕はなー、白い肌が見えちゃうとなー、どうしてもなー」
「ふざけるのも大概にしろよ赤崩くん! うら若き乙女の白い肌を見て抱く感想がそれなのかよ! 色の白いは七難隠すという言葉だってあるんだぞ! 七難隠してこのザマなのかよ私は! これが本当のかくし芸ってやつなのか、ああん!?」
「あ、その凄み方、ちょっと黒ギャルっぽくていいですね」
「納得いかねー!」
はぁー、と魂の抜けるような溜息を吐いてパイプ椅子へと座る先輩。
あれ。
なんかこの流れ、前にもあったぞ。
「……赤崩くん、今のこの私の髪型、どう思う?」
「え? 黒ギャルっぽくていいなーと思いますが」
「忌憚のない意見ありがとう。実はこの髪型、機能的も優れているところがあってね」
そういうと先輩は盛りに盛った髪の毛の間から刃物を取り出した。
「――暗器を仕込みやすいんだよ」
「ちょ、え、せんぱ――」
「はぁ……ここまでしても君の心を動かすことが出来ないとはね……やはり私は私でしかないということか。それなら私らしく、心に決めた相手と心中する道を選ぶとするよ……」
「そんな自分らしさがあるかーッ! 自分を見失わないでください!」
「大丈夫、すぐに私も後を追うよ……!」
いうや否や、先輩は僕の心臓にナイフを突き刺したのであった――
「――という夢を見たんだ、赤崩くん」
「いっそのこと僕との淫夢でも見て貰った方が幾らか気が楽ですよ、ぼかぁ」
文字数:3036(本文のみ)
時間:1h
2021/1/1 お題
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