022 理想の終焉
「どんな物語であってもそれなりにいい感じにシメられるオチ――というものはなんだろうか」
真室川先輩は文芸部の一つ上の先輩だ。冷え性なのだか知らないが、夏でも冬服のセーラーを着ている。全身まっ黒けな上に髪も伸ばしていてデニール数の大きいタイツまで着用しているのだから見ているだけで暑くなってくる。まあ今は9月なのでそこまで変な格好というわけではないのだけれど、それにしたって残暑とまではいかないが決して完全防寒をしなければならないような気候ではない。
「……夢オチのコピペの話ですか?」
「あれもまあまあ古いコピペになっているからね。昨日、別の文芸部の後輩に同様の内容を尋ねてみたら『なんですかそれ?』と聞かれてカルチャーショックを受けたよ。早く全人類が脳味噌とインターネットを直結して、即座に検索エンジンから物事を調べることが出来る時代になるべきだ」
「秒でディストピアになる未来に思えますが……」
まあそれは兎も角としてだ、と真室川先輩は話を戻す。
「なんにでもくっつけられてそこそこ機能するようなオチ、というのはなんだと思うかね、
「夢オチじゃダメなんですか?」
「夢オチはダメだろう、あれはダメだ。折角積み上げられたその作品の雰囲気や伏線、ギミックその他諸々を一瞬にして台無しにした上で、その後に余韻なんか一切残らないじゃないか。物語の後腐れを一瞬に整理できるという点では優秀だと思うがね、それにしたって夢オチというのは風情がない。成人向け二次創作同人誌で最後にくっつける以外でまともに機能している夢オチなんて、それこそ例のコピペくらいしかないんじゃあないのかね?」
「夢オチに親でも殺されたんですか?」
「今日の私は両親が死ぬ夢を見た所為で機嫌が悪いのだ」
自分の機嫌を自分で口にする女子高生。
微笑ましい。
「芝浜……は、厳密には夢オチとは違うしなぁ」
「芝浜のオチは好きだ。古典落語として有名な話だね。あれは大晦日の話だったっけか。人情話というのはあんまり好みじゃあないのだけれど、あれは話の落とし方が綺麗で好みだ。まあ人情話なのは個人的には好みじゃないのだけれどね」
「二度も言うほど好きじゃないんですね……」
「まあ人情話よりも夢オチの方が嫌いだよ、私はね」
好き嫌いの激しい先輩だ。
夢オチをここまで嫌悪する人を見たのは初めてかもしれない。
「そんなに言うなら、先輩にはなにか優秀なオチの形式についてなにか考えがあるんですかね?」
「ふむ。まあ無いことはないな」
「と言うと?」
「まあこれは私の考えと言うよりも、世の中の風潮という面が強いのだが――やはり相思相愛オチというのが万能ではないだろうか」
「相思相愛オチ?」
「ああ。例えばSNSに投稿されている短編の漫画などがあるだろう。ああいうもののオチは相思相愛――つまり、登場人物が相思相愛、もしくは両片想いであることが判明して終わるオチであることが多いように見える。それに至る作劇もしやすいからね。恋愛というのは人間関係であるわけだし、大多数の人間にとって人間関係は日常であるから理解や共感もしやすい。一見よくわからない展開が続いたとしても、恋愛的に丸く収まったオチをつければなんとなく作品がいい感じに成立して終わるようになるだろう」
「そ、そうすか……?」
いやまあ言わんとすることはなんとなくわかるけども。
しかしそれはそれとして牽強付会のように思えてならない。
「まあ僕もそんなにSNSをたしなんでいるわけではねーんでなんとも言えないところではありますが、その、所謂相思相愛オチの漫画がバズりやすいっていうのも、先輩がSNSで関わっている人たちによって影響されるという面も考慮に入れなきゃいけないんじゃないですかね? なんて言いましたっけ、エコーチェンバー?」
「ああ、エコーチェンバー現象……閉鎖的なコミュニティに於いて、そのコミュニティ内の人間たちのやりとりによって、特定の信念が増幅したり強化されたりするのを指す言葉だね。状況としてちょっと適当ではないかもしれないが――つまり私のフォローしているアカウントの偏りによって、相思相愛オチの漫画――というかコンテンツ一般が巷にあふれているように錯覚しているのではないか、ということを言いたいのだね?」
「概ねそんなところですね」
「ふうむ。まあ、言われてみればそうかもしれないな。間違っているかもな」
あっさりと自分の意見を翻す先輩。
「? やけにあっさり自説を取り下げますね」
「ああ。なんでだと思う?」
「え? なんでかと訊かれましても……わかりませんけど」
「ふ、君の鈍い男だな。つまりだな、私はオチの話なんか実はどうでもよくて、ただ君となにか話がしたかっただけということなんだよ」
すっと椅子から立ち上がる真室川先輩。
窓から差し込む西日を背負っている所為でその表情はよく見えないが――心なしか頬が赤らんでいるように見えた。
「こんな時間にまで男女が二人きりで、部室という閉鎖的なコミュニティの中で他愛もない話をしていて――そしてそのうちの片方が、恋愛的な話を持ち出してきたということなんだ……わかるだろう? 赤崩くん。終わりよければすべてよし、この他愛もない日常を、小咄として成立させるとするなら、最良の終わり方を迎えるとするなら、どうするか――」
「え、真室川、せん、ぱい……それって――」
「赤崩くん。私は、君のことが好きだ」
真室川先輩は僕の頬を両手で包み込むように触れ、そう言った。
「……え、いや、すいません。僕、先輩のことは恋愛的な意味では別に……」
「はぁー!?!!?!!?!???」
僕の返事に絶叫する先輩。
顔が近いので耳にダイレクトに先輩の叫び声が飛んでくる。
「は!? なんで!? 何故!? 今の絶対勝てるシチュでの勝負だったじゃん!? 何!? どうして!? どういうこと!? 嘘でしょ、嘘だろ赤崩くん! 自分で言うのもなんだが私は結構な美少女でスタイルも悪くない、着痩せするタイプだからそうは見えないかもしれないが意外と胸もあって男子好きのする体をしているんだぞ!」
「本当に自分で言うことではないですね……」
「何故!? 何故だ!? 君に付き合っている人が居ないことは調査済みだぞ! だったら他に気になる女子が居たとしても『まあこのくらいの美少女の先輩だったらいっかー』くらいの気持ちで余裕で付き合える美少女だろう、私は! 何故だ!」
「すいません、僕、黒ギャルが好きなので先輩はちょっと」
嘘ぉー、と力なく言いながらゆらゆらと揺れ、そのままパイプ椅子へと座り込む先輩。僕がいうのもなんだが可哀想だ。陳腐な表現であることを承知で言うが、あしたのジョーの最終回みたいな有様だ。
「……こんなことを僕の方から提案するというのもなんですが、今から黒ギャルメイクを初めてみるというのは」
「無理だ、私はこう、『文芸部に居るとありがたい、黒髪ロングのミステリアスな美少女』というスタイルに誇りをもってやっているのでね……」
「意外と我が強いっすね……」
はぁ~、と魂が抜けるような溜息を吐く先輩。
「あ~あ、こうなったら他のオチで話を締めなきゃいけなくなったじゃないか……」
「え、そういう話だったんですか、この一連の流れ?」
「ああ。まあ恋愛では遅れを取った私だが、オチを付けるためにちゃんと保険を用意しておいたのさ」
というと部室の隣の物置から何かを運んでくる先輩。
「見たまえ、これは灯油に漬けておいた20kgのナトリウムと、十分な量の水だ」
「おい!!!!」
「これだけあれば部室を吹っ飛ばすのも十分だろう」
なんて女だ……まさかここから爆発オチへ繋げようだなんて!
呆然とする僕を尻目に灯油から力まかせにナトリウムを取り出す先輩。
「そ、そんなオチが綺麗だとでもいうのか!」
「ああ……単に爆発オチってわけじゃない、なにしろ私は失恋した直後だからな。このまま部室を爆発させれば――君と心中するということにもなるじゃないか」
「……!」
「これもまた、一つの物語の形だろう。許してくれ、赤崩くん――」
そう言って先輩は、ナトリウムに水をぶっかけた。
瞬間、光に包まれ――。
僕と先輩は、爆発した。
「――っていう夢を今朝見たんだ、赤崩くん」
「夢オチへの過剰なDis、完全に前振りじゃねえか」
文字数:3365(本文のみ)
時間:1h
2020/12/31 お題
【終わりよければすべてよし】をテーマにした小説を1時間で完成させる
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