020 スタンドバイミー
「悩みってほどのことじゃないんだけどさー」
「――最近、家の近くのガソスタの店員に睨まれてる――ような気がするんだよね」
「……そう?」
「そうだよー、この前私の車に一緒に乗ってるときもそんな感じだったよ、気付かなかった? ほらあそこ、私の家の近くの、ホームセンターの対面のとこの」
「いや、私、そのとき助手席に乗ってたから店員の目線とか見てないし」
お待たせしましたー、と喫茶店の店員がやってきて、沙也加の前にコーヒーを置く。それから、ごゆっくりどうぞ、と一礼して店の奥へと戻っていく。
「……ツカサ、本当になにも頼まなくてもいいの? 金欠?」
「いや、金欠とかじゃなくてダイエット中。私、カフェインもダメだし」
「ふーん……まあいいけどさ。最近付き合いも悪いしね。外で食べようって言っても来てくれないからいつも一人ごはんだよ」
「まー時節柄ね……職場的から不特定多数の人間が居る場所に出入りする場所に行くなって厳しく言われてるからさ。会食? みたいのはちょっと」
「その割には私の部屋にはよく来てご飯食べてるじゃん」
「そりゃ流石に恋人と過ごすぶんには五月蠅く言われないからねえ。居酒屋とかレストランとかそういうのがあんまりよく思われないだけで」
うへへ、と沙也加は恥ずかしそうに笑う。
私と付き合い初めてそろそろ一年になるというのに、まだ初心なところが残っている。まあ、私としてはそれはそれでいいのだけれど。
「……ていうかそんなこと言ったら喫茶店もダメくない?」
「んー……、まあ、居酒屋とかレストランとかはダメって言われてたけど、喫茶店はまあギリOK? みたいな感じ?」
「普通に屁理屈では?」
「それにここそんなにお客さん居ないし、居ても一人客ばっかりだし」
「店内でそういうこと言うの止めなよぉー……?」
沙也加が困ったような顔で笑う。
うん、今のは普通に失言だったな。
「で、そのスタンドの店員なんだけど、どう思う?」
「んー……以前そこのスタンドで沙也加が何かやらかしたとか?」
「ええー……? 別にそんなことはないと思うけどなぁ。大体セルフスタンドで、店員さんはなんかこう、見張ってる? だけみたいな」
「見張ってるっていうか、それはセルフスタンドが不慣れな人に補助する為に待機しているとかそういうのだと思うけど」
「それそれ。多分そんな感じ。だからそもそも絡んだこともないんだよね。給油終わったらありがとうございましたー、って声かけられるくらいしか関わりないし」
「……以前、軽油とガソリンを詰め間違うミスとしたとかそういう粗相を……」
「してねぇーっつうの。そんなことあったら流石に思い当たりますわ。思い当たりそうなことなんてないからこういう話になっとるわけでぇー」
ふーむ、とわざとらしく腕を組んで考えてみる。
「……まあ、ここでごちゃごちゃ言ってるより、実際に行ってみよっか」
「いいの?」
「どうせ暇だしねー。ここでくっちゃべってるのもいいけど、一応静かな雰囲気の喫茶店みたいだし」
あ……と言って沙也加がこっそり辺りを見渡す。
客の中にはこちらをチラ見しているような人が居るし、店員からの視線も冷ややかなようにも見える。
「……じゃあ、まあ、行ってみようかな」
そうして会計を済ませ、私と沙也加は店を出る。
ありがとうございましたー、という喫茶店の店員の声が硬いように聞こえた。
「ほら、あの人。バイト? なのかな」
沙也加の言うガソスタの店員は若い女性だった。
店員としての歴も浅いようで、新入りっぽい接客の言葉の拙さが節々に見える。
「……まあ、とりあえず千円だけ給油してみたら? 私はとりあえず前と同じく助手席から様子見ているからさ」
「うーっす」
と言って沙也加はエンジンを止め、給油口を空けて、車を降りた。
機械の案内音声に従って給油を行っていく。現金指定。油種選択。
律儀に静電気除去シートに触ってから給油を始める。給油するホースの選択も間違えてない。普通の給油だった。
車内から件の店員の様子を見る。
「……うーん、言われて見れば、そう見えるかな」
助手席から後部座席へ振り返るような形で見ると、確かに沙也加の方を注視しているように見える。スタンドには他に客はおらず私たちだけというのを加味しても、確かにちょっと店員としてはおかしな感じだ。
不意に、件の店員と目が合った。なんとも気まずそうな感じにその若い女性店員は目をそらした。
どうしたものかと、私は思案する。
やがて、スタンドに別の客が入ってくる。
車は軽トラック。運転手は農作業用の服を着ているが、妙にガラの悪そうな見た目だった。この辺りは田舎でちょっと外れただけで田園地帯が広がっている。
いらっしゃいませー、と件の店員はわざとらしく挨拶し、そちらの方へ注意を向けたようだった。
「どう? やっぱこっちの方見てたよね?」
給油が終わった沙也加が車に乗り込んでくる。
「気のせいじゃないと思うけど……ツカサはどう思う?」
「うん。気のせいじゃないね。そして理由も大体見当がついた」
「ほんと!? どういうこと?」
「その前に――、沙也加、ガソスタのレシートってどうした?」
「え? そんなの捨てちゃったけど。機械の脇にレシートを捨てる小さい籠みたいなのが着いてるから、そこに」
「ああ、多分原因はきっとそれだよ?」
「え……? わかんない、どゆこと?」
レシートで確定申告での経費をちょろまかすのを対策してるんだよ、と沙也加に言う。
「ほら、確定申告とかするときに、経費に掛かったぶんの費用を証明するのにレシートとか使うじゃん? 農業とかだと農作業に使用した車や機械の燃料代とかも経費に計上できるんだけど、本来自分のではないレシートもガソスタの籠からパクって計上しちゃえば、余計に経費計上できてその分浮くでしょ? それをしないように目を光らせているんだよ、きっと」
「あー……なるほどね。でも私、そんな農作業とかやってそうな格好や車じゃないと思うけど」
「まあ、経費計上は農作業に限らないし、家族にパクってきてもらうように頼むこともあるから、誰彼構わず目を光らせているんじゃないかな。あとから軽トラがスタンドに入ってきたら、そっちの方に店員の注意が向いてたしね」
「ふうん……わかってしまえば拍子抜けって感じの話だねー」
そう言って沙也加はエンジンを付けて発進した。
横から見た沙也加の顔からは憂いのようなものは無くなっていた。
よかった。
うまく誤魔化せた。
「おっすー、調子どう? 新しいバイト慣れた?」
「うん、バイトは慣れたんだけど……ちょっとね……」
「あー、ガソリンスタンドで女性店員だと変に絡んでくる客とかも多いんかねー、やっぱり」
「そういう人は思ってたより居ないんだけど……ただ……」
「ただ?」
「……私、霊感あるって言ったじゃん? ものすごい力で取り憑かれてるお客さんが居て、見ててすごいヒヤヒヤする……」
「ええ……どんなの?」
「お客さんは若い女性なんだけど、同じくらいの若さの女性が、取り憑いてて……その霊は助手席に乗っててはっきり見えたんだけど、もう昨日なんか目が合っちゃって怖くて……しかも、取り憑かれてる女性は多分取り憑かれてることにも気付いてなくて、その霊と普通に喋っちゃってるんだよね……普通の人からしたら独り言ぶつぶつ言ってるだけにしか見えなくて、もうさあ……」
「え、それ、昨日私のバイト先の喫茶店にも来てたかもしんない……目の前に誰か居るような感じで楽しそうに独り言を呟いているからもう店内凍っちゃってさ……マジかぁ……」
「……いい霊能力者とか、紹介する?」
「……そうした方が、いいかもね……」
文字数:3093(本文のみ)
時間:1h
2020/12/29 お題
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