019 ウロボロスの腕

 自分の才能に限界を感じていた。

 努力を重ねても上達する気配を感じられなかった。

 このままでは凡俗なその他大勢の一人として埋もれるしかない。

 何か他と違うことをしなければ高みにはたどり着けないのだろう。


 そういうわけで、俺は神絵師の腕を食らう修行に取り組むことにした。


「フウウウウウウウウゥゥゥゥ……案外、やっちまったら大したこたァねえんだなァ……【神絵師の腕を食らう】……しっかり炙って焼き肉のタレを付けて食っちまえば、牛肉とさして味が変わらねえぜェェェェ…………へへ、えへへへェ……」


 まずはTwitterでフォロワー数がすごそうな割に他者と関わりの薄そうな絵師を狙った。これでも俺はインターネットでお絵かきをやっている人間だ、他の絵を見て工夫を凝らしたり拘っていると思われる点くらいはすぐに見つけられる。そこを的確に褒めそやしていけばお近づきになれる。あとは性別を明かさずに、しかし女であると誤読させるようなツイートを心がけた。そしてうまいこと一対一で会えそうになった神絵師から「イベ終了後に焼肉でも一緒に食べませんか?」というDMを送って順番に会っていき、そしてその腕を食らっていくことにした。


「あれ、でも神絵師の腕を食らうって言っても、右手と左手、どっちを食えばいいんだろうなァ……利き腕の方が効果ありそうだが、しかし利き腕がどっちからわからないもんな……あ! そうかいいこと思いついたぜ、両方食っちまえばいいじゃねえか、ケヒ、ケヒャヒャヒャハハヒャハハハーッ!」


 腕といっても肩より下を食えばよさそうな気がする。まさか肩の部分まで食わなくてもお絵かきには影響がないだろう。肩まで食べるとおなかいっぱいになっちゃうしな。そういうわけで、まず二の腕の骨を折る。骨を折ってからじゃないと腕は切断しにくいもんな。二の腕を背水溝に渡すように配置し、そこに飛び乗って全体重をかける。流石にそこまでやれば簡単に骨は折れた。それに神絵師ともなると不摂生が祟っているのか骨がもろくなってるのかもしれない。


 適当に血抜きをしてから食べやすいように加工する。初めて知ったけど人肉って白身が黄色っぽいんだな。赤身はなんか普通に赤身! って感じの色だけど。

 捌いた神絵師の腕を網を置いた七輪の上に載せていく。焼き加減とかよくわからないけど、まあ牛肉とか豚肉みたいに色が変わればOKだろう。


「ふぅ~。こんなに肉を食ったのは久しぶりな気がするぜぇ……。絵師になって天下を取って生計を立てるつもりでいたから、金なんか全然なくってよぉ……。焼肉なんて年単位で久しぶりだぜ。美味かったな~」


 さて腕を二本食らったところで、本当に絵師の能力を吸収できているのか。

 効果の程を知りたいが、生憎だが紙もペンも持っていない。迂闊。


「あ!? よく見たらあるじゃねえか。神絵師の血っていうペンとそこらの壁っていう紙がよォ~~!」


 血はペンというかインクじゃないか? と一瞬思ったがまあ細かいことはどうでもいい。神絵師の腕を食らうという修羅の荒行の前には些細なことである。

 どくどくと神絵師の腕から流れ出る血を指先につけ、そこらの壁に気ままに絵を描いてみる。


「おっホ! なかなかよく出来てるじゃねェかよーッ! なんだか心なしかいつもより猟奇的な感じに仕上がっている気がするぜェ!? やっぱ神絵師の腕を食らった効果なのかな!? でもこの神絵師、萌絵描きなんだが……なんで猟奇性が上がっちゃってるんだ? まあ全体的に画力が上がるってことなんだろ! そうに違ェねェ!」


 効果を実感した俺は同じ手順でどんどん神絵師の腕を食らっていった。

 もはやどれだけの数の神絵師の腕を食らっていくうちに、俺は漸く壁サーになれた。ついに俺の時代がやってきた。しかし何故だろう、そもそもイベントに参加する神絵師の数そのものが減っている気がする……ア! そうか、俺より上手い神絵師はみぃ~んな俺が食っちまったからなァ! そりゃ参加者も激減するワケだぜ!


 ついに界隈でのトップをとった俺ともなると、イベント後のレイヤーからのお誘いも引く手数多だ。今日は狙っていた人気コスプレイヤーと一対一で食事する約束だ。

 レイヤーは写真で見るよりも綺麗だった。食事も楽しく、二次会では酒も沢山のんだ。そして流れで、俺とレイヤーはホテルに入った。


 ウキウキでホテルに入った瞬間――背中に熱を感じた。

 鋭い熱だ。熱せられた金属のような――と思っている内に気付く。俺は刺されていた。レイヤーに。


「2786人……この数字が何かわかる? あなたが今まで食べてきた神絵師の数よ。それだけ生体濃縮された神絵師の技術の宿ったあなたの腕……頂戴するわ」

「ば、馬鹿な……お前はお絵かきにいっさい興味の無いレイヤーの筈、なのにどうして俺を……」

「ふっ、それだけの技術が生体濃縮された腕、どれだけの高値が付くと思っているのかしらァ!? それを一切れずつ売りさばくことによって私を億万長者になる! 死ねェーッ、神絵師!」


 俺はうすれゆく意識のなかで、今まで食らってきた神絵師の顔を思い出していた……しかし、どれも薄ぼんやりとしていてしっかり思い出せない……そのうち、そいつらの顔が俺の顔に見えてくる……、ハハ、俺はもう、俺なのか、神絵師という概念そのものだったのか、いつの間にか区別が付かなくなっていたようだ……。







「――っていうのがこの焼肉屋で一番高い肉の正体だったとしたら……どうする?」


「コミケ後の打ち上げで焼肉食ってるときにそんな気味悪い作り話喋んなーッ!」






文字数:2243(本文のみ)

時間:1h

2020/12/28 お題

【焼き肉】をテーマにした小説を1時間で完成させる

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