015 人の猿真似
一撃、である。
少女は一撃で――鬼を倒した。
鬼の名は
それを目の前の少女は、たった一撃――一合で打ち倒したのである。
「やれやれ――怪我は無ェか、あんた」
唾を飲み――一拍置いてから首肯する。
「なら重畳だ。折角助けたってェのに、間に合わなくて怪我されてたんじゃあ寝覚めが悪いからなァ……って、あんたもしかして、
「え、ええ……そうです。ご存じですか?」
「ご存じもなにもな、
少女は年相応の爛漫とした笑顔を向ける。
ころころと変わる表情に、一瞬怯んだような気分になってしまう。
「仲間――と言われましても、私はご覧のように、只の非力な女で御座います。助けてくだすったご恩はなんとしてでも返そうとは思いますが――貴女様のような女傑の仲間となるには、その、荷が勝ちすぎているのではと――」
は、と少女は短く笑う。
「謙遜なんだか卑屈なんだか知らねェが――あんたが只の非力な女ってのは笑わせる。非力ではあるかもしれんが――只の女ではねェだろ?」
「な――なにを」
「流石に図星を突かれたりすると隙が出来るのか? 気付いてねえみたいだが、頭に可愛らしい耳が生えちまってるぞ」
咄嗟に手で頭を押さえる。
しかし――予想した自分の耳の感覚はなく、同時に失態を犯したことに気付く。
少女は、くくく、と嗤い、
「
「な――なにが目的でありましょうか」
「そりゃあ決まってるだろ。鬼退治の仲間だよ」
鬼退治――と鸚鵡返しに呟いたときだった。
桃太郎殿、と此方に呼びかける声が遠くから聞こえる。
声の方向には、一人の男が一人――いや、
「だから何度も言っているだろ、イヌガミ――
「そうは申されましても、鬼退治の宿命を持った御仁はそうお呼びするのが――」
「んなこたァ知ったこっちゃねえ、呼ぶなっつってんだから呼ぶな」
「はあ、では、それでは――桃ちゃん、と言うのは」
「
いいらしい。
桃太郎はダメで桃ちゃんは許すという基準がわからない。
まあしかし――幾ら蓮っ葉で剛毅な
そんな繊細な部分が彼女の中にあるのか、疑わしいところであるが。
「さて――まあそういうわけで、
「……私は、狐ですが」
「いいんだよ。それでいい。どうせ紛い物で偽物――似せ者の鬼退治だ、本当に桃太郎で、本当に犬で、本当に猿で、本当に雉である必要なんかねェ。寧ろ、その方が都合がいい」
「犬、ではない、ということは――」
イヌガミと呼ばれた男へと視線を向けると、ああ、と男は云い、
「そうであります。拙は
そう云うと隠神は変化を解き――少女の姿へと戻る。
見た目こそ目の前の剛毅な少女とそう変わらぬように見えるが――頭に耳、そして狸の尻尾が生えている。
「――本来はこのような姿で居るのが、生来の性格や年齢としては相応なのですが――ももたろ……いえ、桃ちゃんがどうしてもあの姿でなければならないと、拙にそう申しつけたためでありまして、あの様な格好をしております」
困ったような顔で隠神は云う。
「……つまり、私には、隠神殿のように変化し、猿の猿真似でもしろと仰るのでしょうか?」
「そこまではっきりと考えてなかったが、猿の猿真似たァ面白ェ。それでいくか」
しかし一瞬にして――桃太郎と呼ばれた少女の眼に剣呑な光が宿る。
「――遅いと思って来てみれば――斯様な犬死をしおったか、鬼真壁」
鬼。
鬼真壁よりも一回り大きい体躯。
あれは――、
「鬼玄番――
ほう、と鬼玄番は僅かに口元を歪め、
「貴様は近頃桃太郎などと嘯いている小娘か。このような餓鬼に殺されようとは――」
「別に女子供が桃太郎を名乗っちゃいけねェ道理はねえさ。まあ
桃太郎にゃなれねェんだよ、と少女は云う。
「何……?」
「云うより見るのが早ェ――とっとと抜けよ、鬼玄番」
抜かせ、と云うが早いか鬼玄番は目に止らぬ速さで抜刀する。
しかし、少女は怯む様子など一切なく――
「
瞬間。
少女の黒髪は金へ。
白い肌は褐色へと変化する。
「
文字数:2121(本文のみ)
時間:1h
2020/12/24 お題
【架空の長編で世界観や設定の説明が粗方おわったタイミングに出すようなエピソード】をテーマにした小説を1時間で完成させる
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