013 これが本当にいちばん早いんですか?

「はいという訳でRTA in 異世界 Any%のスタートでーす」


 気が付くと僕は平野の真ん中に立っている。僕と彼女の二人以外には誰も居ない。先刻まで魔王の住む城の中で仲間達と激戦を繰り広げ、満身創痍で魔王にトドメを刺し、この世界――僕が元々住んでいた世界と異なる、所謂異世界――についに平和をもたらした筈なのだが――。


「え……え?」

「異世界通常クリアおめでとうございました、勇者さん。大体慣れた感じですか? というわけで、これから勇者さんには一周目を参考にして最速で世界を救ってもらうことになります」

「え、ちょっとまって、全然わかんない」

「ではこちらの異世界の解説について軽く触れていきますね。現在この世界では邪神の後押しを受けて魔王として人々の安寧を脅かす存在が現れ、人間国家に対して宣戦布告をしました。この魔王が人間国家を全て打ち倒してしまうと、この世界は邪神に乗っ取られ、人間の歴史が終了しています。そこで今回勇者さんには旧神触媒バックドアと化した魔王を討伐していただくことがクリアと条件になっております。それは一周目の条件と変わりませんね」

「え……なに? 本当になに……? この……動画実況者の解説みたいな口調は……」

「たーだーし、えー一週目では一年ほどの時間をかけて討伐した魔王なのですが、今回のRTAでは、3日で! 魔王の方をね、倒してもらいたいと思います」

「み……うぇ、3日!?」


 さらっととんでもないことを言う。

 ちなみに僕の目の前でいきなりぺちゃくちゃ喋りだしたこの女は姿スガタ亜理寿アリスという名前で、僕のこの異世界へと導いた自称巫女――だ。自称をそのまま信じるかどうかはともかく、僕の命運をハチャメチャに左右する存在であることは間違いない。


「まー真面目な話をしますとですね、本当は2周目なんてやるつもりなんてなかったんです。勇者さんには魔王をシバいてもらったらそのまま約束通り元の世界へと生き返らせてあげるつもりだったのですが、まーちょっと色々ありまして、ね? そういうことで2周目スタートとなってしまったのですがぁ」

「え、え、え、なんかの冗談とかじゃなくて? マジでもっかい? もっかい魔王討伐しなきゃなんないの?」

「しなきゃなんないですね、魔王討伐。ちなみに詳しい説明、聞きます?」

「え……え? え、うん……じゃあ……現状なにひとつ飲み込めてないので……」

「えっとですね、まあさっきも言ったとおり、魔王をシバけばそれで終了の予定だったのですが、実はその魔王をこの世界へと送り込んだ旧神たちがこの世界に魔王とは別に多数の予備触媒ボットネットを仕込んでたんです。そいつらはこちらの機関の方で発見次第排除したのですが、この世界の汚染濃度コンタミレベルがコペンハーゲン境界条件を大きく逸脱してしまい、元の世界線への量子蒸着デコヒーレンススパッタリングが出来ない状況にあります。これを実行するには勇者さんが転生してきたこの日から3日以内に魔王を討伐しなければなりません。しかし、追加の人員を送り込むにはこの世界の量子干渉度コヒーレンスレベルが許容値ギリギリであり、引き続き勇者さん続投でなんとかしなければならないことになってしまいました。ドゥユアンダスタン?」

「……わからん!」


 全然わからん!

 ちゃんと僕がわかる言葉で説明しろ!

 お前はNERV職員かなにかか!?


「まあとりあえず勇者さんにはなんとしてでも3日で魔王を討伐してもらわなければ元の世界に帰れない――とりあえずそれだけ理解してもらえれば結構です」

「理解したくないがこれだけ繰り返されれば厭でも理解したよ……それ以外がビタイチわかってないけど……でもさぁ、なんとなくだけど、僕、これ、初期状態に戻ってない? 魔王を倒すまでに習得した魔法とか、あと鍛えた体力とが技とかが全然使えなくなってる気がするんだけど……」

「RTA in 異世界 Any%ですからね。基本的にはなんもかんも最初からやり直しというのが当たり前なんですよ」

「当たり前だからといってそれを押し通されても僕としては遺憾なんですが! ていうかこの世界そもそもゲームとかじゃなかったじゃん! 魔法とかはあるけど僕、死んだら普通にそのまま死ぬらしいじゃん! この世界!」

「まあそこはこの巫女である私が、【この世界はゲームである】という強烈な世界改変チートを授けましたのでね、そこを上手いことやって2周目をやっていってもらいたく」

「そんなとんでもないこと出来るんだったら、そもそも僕必要なくない??? 大体ゲームとか言われてもよくわかんないんだけど僕」

「まあそこら辺はね、流石にそのまま勇者さんにいきなりなんとかせい! で放り出すつもりはありませんよ、流石にね」

「一周目はなんとかせい! で放り出されたようなもんだったじゃねーか。ひのきの棒と薬草すらくれなかったじゃん、お前」

「もー! ごちゃごちゃうるさいですねえ! 時間ないのでちゃきちゃき異世界攻略していきますよ! 私が横で指示出してあげますから!」


 ということでやってきたのは近くの街の賭博場。


「さてここに来るまでに勇者さんにはお金をかき集めてもらいましたが」

「かき集めたといっても概ね窃盗でだがな!」


 なんとこの自称巫女野郎は留守の家へ侵入して金目のものを漁らせるという暴挙を僕に指示したのだった。


「まあタイムスケジュール的に住民が外出していて、なおかつそのまま現金として扱える金目のものが多いところを狙ったのですが、予想以上に集まって良かったです」

「倫理」

「で、かき集めたといっても全然足りないのでね、まずはここで増やしていきます」

「まあギャンブルで増やすというのはわかるけどさー、この【人身御供】ってアイテムなに?」

「勇者さんの残機を1増やす……というか一回だけ身代わりになってくれるアイテム。いわゆるガッツ」

「いやそれはわかるけどさ、なんでわざわざこんなもん買ったのかってことだよ」

「まあそれはあとでわかります」


 と言うと賭博場へ入店した亜理寿はカジノのディーラーのところへ歩いて行く。


「ここはこの世界で唯一ボールを先に投げ入れるタイプのゲームシステムなんですよね。ということで、ゲームが始まったら赤の30番に全賭けオールインしてください」


 言われるがままに席に座り、赤の30番へと全賭けする。

 すると本当に亜理寿の言うとおりに玉はそこに吸い込まれていった。

 ここまで来ると出来すぎていて感動もクソもない。


「お客さん……ちょっとこちらへ」


 払い戻し金額がものすごいことになったなぁ、と思っていると店の奥から黒服が洗われて僕を連行しようとしてきた。


「え、ちょ、ま、なにこれ!? 助けて亜理寿!」

「あ、大丈夫です予定通りです。そのままバックヤードで死ぬほどシバかれてきてください。死ぬので」

「死ぬので!? いま死ぬっつった!?」


 そのまま連行された僕は黒服たちに殴る蹴る切る刺す切断するの暴行というか傷害というか普通に殺害行為をされて殺害されてしまった。


「はいおかえりなさーい」


 気が付くと僕の体は町の教会へと転移されていた。


「えーまあということでね、カジノの裏でシバかれてデスルーラしてきた勇者さんですが、ガッツアイテムのおかげでデスペナは所持金半分になる措置だけでした。しかし、元々アホほど稼いでいたのでこれで十分な資金になりました。さっさと次行きましょう」

「ちょ……待って、マジで待って……」


 蘇生したばかりで体の調子がおかしいのだが、そんなことに構わず亜理寿は僕を連行していく。


「さて次は町の闘技場です。ここで勇者さんには最高難易度のモンスター相手に挑戦してもらいます」

「いや無理無理無理無理」

「大丈夫です、この闘技場では勝つことが目的ではありませんので」

「いやつってもよ! 闘技場の最高難易度、魔王ほどじゃなくてもメチャつよだったはずなんだけど!? 普通に瞬殺だって」

「大丈夫です、金にまかせて習得した模造義骸コピーペーストの魔法と一回だけ絶対に先制をとれる塞建陀天ファーストストライクの魔法さえあれば目的は達成できます!」


 ということで闘技場へとブチこまれた僕。

 僕の前にはミラージュと呼ばれる幻獣――というか精霊が3体現れる。

 こんなもんどこから都合してきたのだろう、この闘技場の主催者は……。

 ミラージュと呼ばれる精霊は半透明の少女のような姿をしていて闘技場の周りをふらふらしている。それをぼんやり眺めていると、試合開始の鐘の音が鳴った。


「しょーがねー、意味わからんがやるだけやるか、模造義骸コピーペースト!」


 この魔法は対象となる相手の姿に一時的に変化する魔法。

 つまり、この場合はミラージュが対象となる。


「――――!」


 ミラージュが驚いたような素振りをする。 

 というのも、ミラージュというのは対面した相手そっくりに変化する精霊である。つまり、どれだけ鍛えた挑戦者であろうとも、必ず自分自身と同じ力量の相手3人と戦わされることになるのだ。それがゆえに闘技場の最高難度として設けられている対戦相手なのだが――。


「……これなんの意味があるんだ?」


 変化していない状態でのミラージュは、コピーする魔法しか使えない。

 そして僕が先にミラージュへと変化してしまったので、ミラージュ同士のコピー合戦になってしまっている。

 つまるところ、千日手の状況だ。

 やがて試合終了時間となり、引き分けという形で幕引きとなった。


「……言われた通りにやったけど、これなんの意味があるんだ?」

「ふっふっふー、まあとりあえずステータスを確認してみてくださいよ」

「はあ……まあ見てみるけどよ……ってなんだこれこのステータス!?」


 なんと僕の能力値がすべてカンストしていた。


「ミラージュは相手の能力値ごとそっくりコピーする敵なのですが、絶対に先制を取ってしかも倒されないようにすべての能力値がMAXなんですよね。そしてミラージュのコピー能力は、解除されたあとに、元々の能力値ではなく、最後にコピーする前の能力値を参照してその値を返すわけです。つまり、二回以上ミラージュをコピーしし合うと、戦闘終了後にコピー効果が解除されると、ミラージュの能力値へと変更されてしまうのです!」

「なんだその昔のゲームみたいな処理の仕方は!」

「ということで勇者さんはレベル1にして魔王をワンパンで倒す能力値を手に入れることになりました……」

「はあ、そうですか……てかさ、戦闘が終わったのに、なんか体完全に戻ってないんだけど……?」

「ああ、それはですね、ミラージュの性別の項目までコピーしちゃったからですね。つまり勇者さんはいま女性になってます!」

「ふざけんなバカ!」


 道理で……!

 道理でなんだか股間のあたりがおかしいと思ったよ!


「どうにかなんないのかよコレェ!」

「なんとかならなくはないですが、そのバグを修正しようとすると魔王討伐が間に合いません」

「クソッタレェ!」

「あ、というかヤバイです、そろそろ制限時間でした」

「制限時間?」

「ええ、私が干渉できるのはこの周ではここまで。あとは自力でよろしくお願いしまーす。なお、3日で魔王倒せなかった場合は自動的に1日目に戻りますのでご安心を。じゃあそれではー」

「ちょっとまって! どうすんだよ僕こんな状態で! おい!」


 そういうと亜理寿は光に包まれていって消えていった。

 僕はそのまま呆然と立ちすくむ。

 女の子になってしまった体で。


「どうすんだよ、ここから魔王の本拠地まで一週間かかる距離あるんだぞ…!」


 僕はもう既に、次に亜理寿に会ったときのあいつの言葉を脳内で無意識に再生していた。




「はいという訳でRTA in 異世界 Any%のスタートでーす」






文字数:4629(本文のみ)

時間:1h+22m

2020/12/22 お題

【最初と最後を同じ台詞で終わらせる】小説を1時間で完成させる

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