011 僕のちょー最高の友達
これを舐めると死んじゃうんだぜ、っと言いながら貼られたばっかりの湿布を見せびらかしてくる。経皮吸収型の麻酔薬。あんまり麻酔の効果が強いので経口摂取してしまうと死んでしまうらしい。
「俺、未来から来たんだわ。お前、
入学早々に頭のおかしい女に捕まっちまったな~、と思いながらできる限りの愛想笑いを貼り付けて、あ~そうなんだ~と話を合わせる。高校デビューってやつかな、一ヶ月くらい経って恥ずかしさで切傷沙汰とか起こされたらマジたまんね~、と思いながら僕は二階堂史奈という女の話に全力で乗っかっていく。
「今から俺は6年後に交通事故で死んで、そんで女として今蘇ったってわけ」
「あ~そういう宗教ね。僕は仏教だからさ。真言宗だったかな?」
「宗教勧誘とかじゃねえから安心せえや」
二階堂史奈――本来の名前は槇村景吾という云うらしい。
彼女(彼?)が語るに、僕と槇村は大学の入学式で出会って友達になり、学部学科が一緒になったことをきっかけに親しくなっていったのだという。
「でさ、三年の後期に俺クルマで轢かれちゃってさ、死んだわけ。でもなんか誰かの願いを叶えるためだけだったら生き返らせてやってもいいって言われたんよ」
「はあ。誰に?」
「なんか神様っぽい人。顔はよくわかんなかったなぁ」
病人なら病人らしくアルミホイルを頭に巻くとかしてほしいな。
なまじ見た目が美少女な所為でどう反応していいかマジ困っちゃうぜ。
ふ~ん……まあそういうこともあるよね、と曖昧な返事をする。こういうときに病人の言うことを全否定しちゃダメだってばっちゃが言ってたのでそうした。
「あ~はいはい、まあ信じないわな。それが普通だよ。だから異常者を見るような目で見るのはやめてくれ」
「そんな目はしてないよ。気のせいじゃあないかな」
異常者を見るような目ではなく、事実異常者を見ている目なので……。
「で、だ。俺はお前が大学時代に散々口にしていた願いを叶えてやろうと思って生き返ったわけなのよ」
「はあ……なんでしょうか」
今の僕の願いは目の前の異常者をなんとかしてくれということに尽きるが。
「――高校で女子と全然遊べなかったから、思う存分女子高生と遊びたかったなって願いを叶えにきたのよ」
「おうそうか。じゃあそこの屏風から女子を出してもらおっかな」
「生身の方で勘弁してくれや一休さんよ」
おっぱいはそこそこあるからよ、と二階堂、もとい槇村は自分の胸を揉む。
「え~……二階堂さん」
「二人の時は景吾って呼べや。気持ち悪いな」
「女子の下の名前を呼ばれるように要請されるイベントってこんな殺伐としてるんだ。初めて知ったよ」
そんなわけで僕の槇村の第一印象はやばいな~(オブラート65535枚)って感じでこいつの言うことなど毛ほども信じていなかったが、それは槇村と過ごすことで徐々に覆されていく。
とりあえず一週間過ごしてみて、生まれ変わって女子高生になったという話は僕以外にもしていないというのは確かだった。周囲は槇村のことをちゃんと二階堂と呼び、槇村の方もとりあえずは女子だというテイで過ごしている。でも多分普通の女子は生理激重の日でも先生から授業中に指名されて逆ギレとかはしないと思うな。
槇村は僕にだけ未来のことを少しずつ教えてきた。明日日本のどこそこでデカイ地震が来る、芸能人の誰々が死ぬ、有名な漫画の一ヶ月後のネタバレをしてくる(本当に勘弁してくれ)、などなど、確かに未来で知っていなければ知りようないことを僕にだけ、教えてきた。
一ヶ月もする頃には、僕は槇村が本当に未来から来た人間だということを信じていた。否、本当は心のどこかで疑っていたところはあったかもしれないが、あまりにも槇村と遊ぶ毎日が楽しすぎてどうでもよくなっていた。
槇村は馬鹿で、どうしようもない男子高校生だった。少なくとも中身は。高校の近くの公園で花見の屋台が出ているときには、僕を含めたクラスの男子を巻き込んで、8人がかりで射的のAVのDVDを打ち落とす遊びをしていた。その後、合唱部の部室のTVとプレイヤーでAVを見てたら先生にバレてアホほど怒られたりした。
一時間以上たっぷり説教を食らったあと職員室から出てきた槇村は、
「あの女優、ケツ汚かったよな~」
といい、その声がデカすぎて直後にもう一度先生からおかわりで怒られることになったのは本当に勘弁してほしかった。
三年の体育のときに、槇村が急に倒れた。
腹痛ということで保健室へ連れて行き、午前中のうちに早退してしまった。
翌日、担任から槇村(当然先生は二階堂と呼んでいるが)が入院したことを教えてくれた。退院がいつになるかはわからないらしい。
心配になったのでクラスメイトと槇村の病室へ行ってみたが面会謝絶だった。
槇村とその次に会えたのが一週間後のことで、槇村は卵巣癌で、手術で子宮と卵巣を全摘出して、そしてステージはⅣだった。
「やっぱあれだよな~。無理に女の体になったのが影響してんのかな~」
槇村はいつもと変わらない調子で言うが、露骨にやつれていた。
「あと二ヶ月だってさ」
「なにが。治るまで?」
「余命に決まってんだろ。海外の病院にまで病理判定してもらったお墨付きで。予後不良でもう手術で取れんとこまで散らばってるとさ。俺生理重かったからな~。今思うとあれが予兆だったんかな」
願いは叶ったかよ、と槇村は訊く。
「願いって……なんだよ」
「いや最初に言ったろ。女子と遊びて~ってやつ。最近は遊べてないけどよ」
いまならチューでもしてやろうか? と槇村は言う。
「――そうだな。一回、やってみたいと思ってたんだ」
「え? あ、そ、そう……流すかと思ったら意外と乗り気なのね……いいけどさ」
槇村の近くに行って、特にムードもなにもなく、そのままキスをした。
「………………」
「やっぱダメだな」
「ダメってお前……美少女にちゅーしておいてそれは」
「ダメだよ。男とキスしてる感じだよ。お前は僕の――男友達だよ。だから全然願いなんて叶ってねえよ。死ぬなよな、願い叶えるまで、死ぬなよ」
ずっと怖かった。
槇村のことが友達として好きなのか、女として好きなのか。
ずっとわからないまま今日まで過ごして初めて理解した。
槇村は僕の友達で――友達として死んで欲しくない。
わがままめ、と言って槇村は笑った。
それから本当にぴったり二ヶ月あとに、槇村は死んだ。
墓の前に立つと、二階堂という名前がひどく味気ないものに思える。
高校のクラスメイトの中で墓参りにやってくるのは僕ぐらいのもので、あいつの両親からはすごく感謝されてしまう。でも僕が知っている槇村は二階堂ではなく、そして僕に感謝を述べてくるあいつの親は、二階堂の親でしかない。そのすれ違いはなんだか居心地悪かった。
墓を洗って線香に火を付けると、煙はまっすぐ上にのぼっていく。
今日は風のない日だった。
「――お前、この娘と仲良かったわけ? しょっちゅう墓参りに来てるけどさ。ていうか、俺、顔も知らないんだけどなんで墓参りに付き合わされてるわけ?」
「まあ、確かに、自分の墓参りってのおかしな話だよな」
は? と槇村は僕に怪訝そうな顔を向ける。
「……彼女とかだから、紹介してくれてるわけ?」
「彼女じゃねーよ、そんなんじゃねえ」
僕のちょー最高の友達だからだよ。
文字数:2985(本文のみ)
時間:1h
2020/12/20 お題
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