004 混淆 対 戦姫

 宵闇。

 竹の林の中を貫く獣道を歩く者が独り。

 褐色の肌と紅い目を持つ耳長族エルフの少女は、月明かりのみを頼りに旅路を急いでいた。家路ではなく、往路である。帰るためではなく、行くために彼女は夜道を急ぐ。恐ろしいほど、動作の音を殺しながら、只管に静かに。


 褐色の耳長族は、はたと気付く。

 道の向こうに――何者かが居ることに。

 時を同じくし――向こうの者も少女の存在に気付く。


「夜分に、このような場所で――何者か?」


 少女の誰何に、闇の向こうの何者かは口を開かない。

 ただ殺気を以て、少女の問いに応答した。

 いつの間にか雲に隠れていた月が見え――互いの影がじわりと浮かび上がり――そして、殺し合いが、始まった。


 褐色の耳長族は左手で、脇差を抜いた。

 逆手である。

 そのまま構えずに――左手で抜刀した脇差を、目の前の影に投擲した。


 目の前の影の背丈が自分よりも遙かに小さいことを、少女は脇差を弾かれてから気付く。しかし少女の殺意が緩むことはない。およそ人間や耳長族であれば幼子であろう背丈ではあるが、身に纏う魔導の気は熟練の域に達している。成人でもこれほどの魔力を練ることが出来る者は耳長族でも少なくない。

 仮に本当に子供であったとしても、とても手加減の出来るような相手ではないことは明らかであった。

 そして気付く。目の前の者も耳長族であると。

 白い肌。自分と同じ長い耳。子供ほどの背丈と、編み上げられた金髪。


混淆耳長族マッシュ・エルフの者か――!」


 褐色の耳長族は、矮躯の耳長族から微かに音がすることに気付く。僅かに何かが擦れるような音が極めて短い周期で聞こえてくる。

 矮躯の耳長族は口元を押さえていて――、


高速詠唱プリフェッチ――!」


 気付くと同時に矮躯の耳長族は間合いを詰め込んでくる。

 踏む込む度に地面が抉れる。足回りを中心とした身体強化魔法の類である。


 両手で把持した戦棍メイスを上段から振り下ろす。

 褐色の耳長族は体捌きのみで躱す。上段からの一撃。戦棍は大地を叩き、一帯の地面を震わせた。余りに大きい隙だった。矮躯の耳長族が再び予備動作に入るか身を守る動きをする前に、斬り捨てる事が出来ると、褐色の耳長族は瞬時に判断する。


 鯉口を切る。正眼に構えず、このまま矮躯の耳長族を居合い斬りにしてくれる――褐色の耳長族は殺害の成功を確信した。

 しかし、刃先の軌道は彼女の想定と大きく異なった弧を描いた。

 自らの体勢が崩れるのを察知する。

 右足が沼に沈み込んだような感覚になる。

 地面はぐずぐずになり、右足が沈んでいく。

 戦棍の先端から魔力の波動を感じる――魔法は二段に唱えられていた。混淆耳長族マッシュ・エルフが使用すると言われている、混淆魔法マッシュ・マジックであった。


「終わりだゆ――名も知らぬ同族エルフ


 褐色のよりも早く体勢を立て直した矮躯の耳長族は、戦棍を切り上げるように振り、褐色の耳長族の頭蓋を狙った。

 が――その一撃が頭蓋を砕くことはなかった。

 突如として地面から何かが貫通して飛び出してくる。不意に生えてきたそれは、戦棍の軌道を受け流した。

 威力を余所に流され、戦棍は褐色の耳長族の額の皮を一枚切っただけに終わった。


 素早く距離をとった矮躯の耳長族は、その正体を看破した。


「生えてきた――否、解放したゆか、魔竹を」


 上腕よりも太い唐竹が伸びている。魔力で練られたその繊維は、たやすくは破砕できない強度と粘りを持った物質だった。


「大熊猫に跨がり、魔竹の弓を用いる、勇壮なる唐竹の一族バンブーエルフあり――」


 彼女の里に伝わる一族の伝聞を、誰にともなく呟いた。


 伝説の一族同士の殺し合いは――月だけが見ていた。






文字数:1430(本文のみ)

時間:1h

2020/12/13 お題

下図(discord鯖に掲載)を意識したバトルシーンを1時間ひたすら書いてみる

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