003 知遇とはまだ言えぬなにがしか
「……で、なんでこんな超危険な場所に、碌な装備や戦闘能力のない少女が放っぽり出されているわけ?」
少女は俯いたまま口を閉ざしている。
悔しいとでもいうような、諦めているとでいうような
「まあ大体見当は付くんスよね」
「そうなのか?」
「ええ。ほら、結構イイ身なりをしているじゃないですか。庶民なら手の届かなさそうな類いのお召し物ッスよ。明らかに平民の着るものじゃないっス」
明らかに、と言われても左沢には判断が付かない。
「こんだけイイもん着てるとなったら、やんごとなき血ィの青いお方とか、メチャメチャ儲かっている商人とかの家の人ってわけなんですが――持ち物や服装を見る限り、どこの家の者か特定出来るようなものがまったく見当たらない。こりゃー意図的なもんですね」
少女の顔が矢庭に曇る。
肯定するような素振りは見せないが、恐らくそう的外れなことではないのだろう。
「で、そんな感じで独りでこんな辺鄙な場所に放っておかれてて、そこに討伐が難しい魔獣やモンスターの類いが居ついているとなったら――、ま、大体想像はついちゃいますよね」
「……追放されたってことか?」
「んー、多分もっと酷いですね。口減らし、人身御供、人柱、生け贄――そんなところでしょう。飼い殺しや修道院送りにすらされないとなると、深刻ッスね」
内容の割に口調は軽い。
しかし、カグヤの表情からは
「で、どうします、左沢さん?」
「どうするもなにも――とりあえず、近くの村とか町とかまで連れて行って、それから――」
「それから――どうしろっていうんですか」
初めて――少女は口を開いた。
声は震えていて小さかったが、明らかな怒気を感じる声音だった。
「親からも兄弟からも見放されて、助けてくれる人なんで誰も居なくて、伝手も能力も無いのに――いまさらどこへ行けっていうんですか」
「それは――」
「どうして助けたんですか、どうしてあのまま死なせてくれなかったんですか、中央で失脚した貴族の家の、連座で罪に問われかねないからって宗家に戻された妾腹の室の娘なんか、どうやったって生きていけないんですよ」
どうして死なせてくれなかったんですか、と少女はもう一度言った。
声は大きくなかったのに――左沢には、それは叫びのように聞こえた。
「え、フクマさんが連れてって養えばいいんじゃないですか?」
馬鹿みたいに朗らかな声でカグヤは言う。
「そのくらいの甲斐性はあるでしょうに。私がサポートするんスから」
「いや、あのさ……」
「異世界に来て一日目っつったって、養う術なんていくらでもありますよ。フクマさんは大分気合い入れて仕込んだチート持ちなんスからな」
「いや、まあ、金とかはいいんだけどさ。言ったって俺は男だぜ。こっちの価値観はどうだか知らないけどさ、養うとかそういうのは世間的にどうなんだよ」
「それを言い出したら私だって見目麗しのエルフの美少女ッス」
「いやお前はなんかこう……そういうのとは違うポジションじゃん」
「どういう意味ですか! こういうときのお決まり通りに私にもヒロインレースに参加する資格はあるッス!」
「自分から言わねえだろそういうの、いやお決まりとかよく知らないけどさ……」
ふと少女の方を見ると、目が合う。
一瞬その目に期待が見えたような気がしたが――すぐ目を伏せた。
そういうところを見せるのは狡いだろう、と内心で左沢は毒吐いた。
「……まあ、正直俺もこの世界のことよくわからないし、奇っ怪な言動のエルフとやらの言葉を信じるのも気が進まないところなんだ。できれば一緒に来て、案内とかしてくれると、助かるかなーって……」
段々声量が小さくなるのが、恥ずかしく思う。
しかし少女は、
「――一緒に行ってもいいの? 生きてても、いいの?」
「それは、訊くまでもないことだ。いいんだ」
どうにかそれだけは断言できた。
恥ずかしく思うが、それだけはきちんと言わなければならないと、思った。
「――
「え?」
「私の名前。
「……
彼女が何かを取り戻した。失ったあれこれに値するかはわからないが。
けれども愎馬は、とりあえずは、それでいいのだと思った。
文字数:1797(本文のみ)
時間:1h
2020/12/12 お題
【欠落したものが回復する】をテーマにした小説を1時間で完成させる
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