002 異世界救済ワーキンググループ
その指先は、まっすぐに始まりの方へ向けられていた。いや、それを本当に【始まり】と呼んでいいのかは定かではないが、とりあえず、便宜上そう呼ばれている。特定条件下に於ける未来方向への時間を正とし、過去方向への時間を負とした時間軸の上の、ある一点を【始まり】と呼称しているに過ぎない。
「現地対向時間、
姿三等官は指し示していたグラフから指を離し、別のグラフへと指を向けた。前者は横軸が時間、縦軸を
「現地への量子影響を鑑み、こちらからの現地助勢員は一名が限度と思われます。平均量子干渉度も常時接続は好ましくはない数値であるので、私から【勇者】への通信も限定的なものにするべきと想定しています」
彼女の上長にあたる存在が口を開く――といってもそれは飽くまで文意的な表現に過ぎず、彼に肉体はない。そして、性別すらも彼には存在しない
「【勇者】の選定は?」
「既に此方で。基底宇宙に於ける対向時間2020年12月11日7時43分に事故死した少年を派遣予定です。
よろしい、とだけ言い、上長は沈黙した。
「ミーティングは以上となりますが、インスティテュートからの連絡事項は?」
「特筆すべきことはない。そちらから無ければ以上とするが」
「こちらもありません。それでは早速プロジェクトへと着手いたします」
よろしく頼んだ、といい、会議場から全員が
「先輩、一つ質問イイっすか? なんであの少年にしたんです?」
竹中助勢員は口を開く。彼女にとっては初の現地派遣となるが、気後れや緊張といったコンディションからは遠い精神状態に見えた。寧ろ彼女を管理・監督しなければならない姿三等官の方が緊張しているようにすら見える。
「さっきも言ったでしょう。状況とタイミング的に彼が適任だっただけです。理由なんてそれだけですよ」
「それはわかってますけどねー、そんな条件に当てはまる死者なんて、日本だけでもゴマンといるわけじゃないですか。指運で決めた感じでもないですし、本当は別の理由があるんでしょ? あるだろ? 吐きやがれ」
「うるさいですねー、言えばいいんでしょー言えば? 自分のことを普通だと思っている割には顔が整っていて、女装したら映えそうな顔立ちの男子高校生となったら彼しか条件が当て嵌まらなかったんですぅー」
竹中は露骨に引いた表情を浮かべた。
「言えっていったのになんで引いているんですか!」
「いや、その、そんな本当に完全に好みで決めたとは思わないじゃないですか……」
「いいでしょーそれくらい。私は模造巫女担当なんですよ? 異世界でチートできる能力を授ける相手くらい好きに選ばせてもらったっていいじゃないですかぁー」
「ていうか、先輩、男の娘が好きなんですか、そうかぁ……」
そこまで言って竹中は何かに気付いたような顔をした。
「あれ、そういえば、私の元になった人間って、元々男だって聞いてたんですけど……え、まさかそんな……いくら私の顔がいいからってまさか……」
「安心してください。貴女には顔しか魅力を感じておらず、それ以上でも以下でもありません。
「多重に最悪ですよ……!」
はあ、と姿は溜息を吐く。
彼女も見た目には――少女のようにしか見えない。
しかしこの世界――というよりもこの機関に於いて、見た目と年齢、そして精神状態はまったく相関しないものとされている。
「――死なれたら困るので、貴女も【勇者】も生きて帰ってくるんですよ」
「わーかってますよ、先輩」
「緊張感に欠けてますねえ……もう……」
大丈夫ですよ、と竹中は言う。
「先輩ならきっとこの世界も救えますよ。私も救って貰ったんですから」
「……おべっかは相手を選んだ方がいいですよ?」
「選んでますよ。なにせ私の先輩スから」
竹中は笑い、エントリーポッドへと身を納めた。
これから彼女は異世界を救う旅に出る。それは飽くまで補助として。
勇者を勇者として生還させ、すべてを救うために。
「……女神とか巫女とか、そういうのガラじゃないんですけどね……」
竹中が異世界へと降り立ったのを確認し、誰ともなく姿はそう呟いた。
文字数:1876(本文のみ)
時間:1h
2020/12/11 お題
【その指先は、まっすぐに始まりの方へ向けられていた】から始まる小説を1時間で完成させる
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