第1章:我は覇王なり

第1話:国家の存亡

――テンショウ21年5月8日 ドワーフ族が支配するダイクーン王国:その宮殿にて――


 初代シノジ=ダイクーンから数えて、第86代目であるダイクーン王国の国主であるマーロン=ダイクーンは激昂していた。ダイクーン王国の最重要防衛拠点であるコロウ関を敵に明け渡してしまった、ドワーフ族の首席騎士であるブッディ=ワトソンに対してだ。


 ドワーフ族が支配するダイクーン王国は周囲を山脈で覆われており、この国に足を踏み入れるには北東のトウ関と南東のコロウ関を抜かなければならない。そのひとつであるコロウ関に首席騎士であるブッディ=ワトソンを総指揮官として配置していたというのに、彼はおめおめとこの宮殿まで逃げ帰ってきた。その背信行為にハラワタが煮えくり返る思いであったのだ、マーロン=ダイクーンは。


 しかし、怒れるマーロン=ダイクーン相手に、ブッディ=ワトソンは傷だらけの全身鎧フルプレート・メイルを着こんだままで弁明を開始する。それがさらにマーロン=ダイクーンの怒りの炎に油を注ぐ結果となることを知らずにだ。


「マーロン様、聞いてくだされっ! ニンゲン・エルフ連合軍は見たことも聞いたこともないような兵器を持ち出したのです……。アレはアダマンタイトで補強されたコロウ関に大穴を開けたのですっ!」


 宮殿の玉座の間に集まる文官・貴族たちはにわかには信じられないといった表情になる。だが、玉座に座るマーロン=ダイクーンだけは違った。怒りでコメカミに青筋がくっきりと2本、浮かび上がっていたのである。


「そんなたわけた話を信じろというのでおじゃるかっ! アダマンタイトで補強されているトウ関、コロウ関ともに、力技で突破できるはずが無いのでおじゃる! トウ関のように謀略によってでしか落ちんわっ!!」


 ダイクーン王国の北東に位置するトウ関は先日、魔族・亜人族の連合軍により奪われてしまっていた。マーロン=ダイクーンの言う通り、魔族の代弁者たる者がマーロン=ダイクーンに甘言を弄したゆえの結果でもあった。


 ダイクーン王国はニンゲン・エルフ連合軍に南東から攻められていた。そして、魔族・亜人族はドワーフ族を支援するために救援の手を差し伸べてくれたのである。だが、それは擬態であった。魔族・亜人族は北東のトウ関を抜けるや否や、周辺地域を荒し回し、さらには返す刀でトウ関を占拠せしめてしまったのである。


 マーロン=ダイクーンが思うところは、そのトウ関が魔族・亜人族軍の手に落ちたことで、士気を喪失したブッディ=ワトソンがコロウ関の防衛を放棄したのだということだ。そして、ただ敵にコロウ関を明け渡したのでは、打ち首は必然となるところから、ブッディ=ワトソンが嘘の報告をしていると断じているのである。


 だいたい、アダマンタイトで補強されているトウ関、コロウ関に魔法の類は効きづらいのである。魔力を拒否する性質をもっているアダマンタイトによって、撃ちこまれる魔法の99パーセントをカットすることは実験で証明済みである。そして、投石器を用いようにも、ここ数年、各国へ輸出している投石器自体にとある仕掛けを施していたのだ、ダイクーン王国は。それゆえに、トウ関同様、コロウ関も謀略によってしか、落とせない状況にあったのだ。


 その証拠にコロウ関の前に展開したニンゲン・エルフ連合軍は3週間もの間、立ち往生していたのである。そして、トウ関が魔族・亜人族の侵入を許した数日後にコロウ関がニンゲン・エルフ連合軍の手に落ちた以上、眼の前で弁明をおこない続ける首席騎士:ブッディ=ワトソン自身にこそ、陥落の罪があることは明白であったのだ。


「私の話を聞いてくだされっ! あの兵器を国内に持ち込まれてはいけませぬっ! 全軍をもってして、あの兵器を破壊することこそが、ダイクーン王国の存亡のかなめになりまする!」


「だまらっしゃい! いくら首席騎士殿と言えども、それ以上の虚言で玉座の間を混乱に陥れようとするのは看過できませぬぞ!」


 片膝ついて弁明を繰り返すブッディ=ワトソンを叱責するのはダイクーン王国の宰相であるアンドレ=ボーマンであった。彼はマーロン=ダイクーンが座る玉座の右側に立ち、右腕をあらん限りに前に伸ばし、右手の人差し指をブッディ=ワトソンに突き付ける。ブッディ=ワトソンはその人差し指を苦々しい想いで見ることとなる。


 大体、このいくさが始まったきっかけを作ったのは自分に指差してくる宰相:アンドレ=ボーマンそのひとである。彼が諫めるべき時に主君を諫めなかったのが原因であったとも言えるのだ。なのに、それを差し置いて、まるで自分だけが悪いと言いたげな所作にブッディ=ワトソンは腰の左側に佩いた水晶クリスタル製の長剣ロング・ソードで、その首を叩き斬ってやろうかとさえ思ってしまう。


 あからさまな反抗のまなざしを受けて、宰相:アンドレ=ボーマンは、ふんっ! といらつきながら鼻を鳴らす結果となる。しかしながら、敗戦の将に構っていられる時間が無いのも事実であり、宰相:アンドレ=ボーマンは兼ねてより進めていた計画を実行するようにと、主君であるマーロン=ダイクーンに進言しだす。


 その彼の言葉を聞いて、首席騎士:ブッディ=ワトソンは驚愕の表情へと移り変わってしまう。


「宰相様。今、なんと!? 私の聞き間違いか何かだと信じたいぞ!!」


「ええい、だまらっしゃい! 首席騎士である貴様にも前から話していたであろう! そして、貴様も了承したはず! 今更、知らぬ存ぜぬという態度を示すことのほうがおかしいじゃろうて!」


 国主であるマーロン=ダイクーン、宰相:アンドレ=ボーマン、そして首席騎士であるブッディ=ワトソンの3名は、もしもニンゲン・エルフ連合軍に国境であるコロウ関を抜けられた場合についての対処方法を前々から議論しあっていた。


 そのひとつが魔族・亜人族との共闘である。そして、その共闘は海の泡の如くにはかなく消えてしまった。それどころか、魔族・亜人族はダイクーン王国の国境周辺で乱暴狼藉をおこなっている真っ最中である。


 そして、さらにはニンゲン・エルフ連合軍14万を押しとどめていたコロウ関までもが落とされてしまった。今、ドワーフ族は他の4種族全てを敵に回してしまっている結果だけが残ったのだ。そうなれば、現状をわかっていないのは首席騎士であるブッディ=ワトソンのほうである。だからこそ、国主と宰相は切り札を出すしかなかったのだ。


「国主の名において命ずるのでおじゃる! 霊廟に眠る覇王:シノジ=ダイクーン様を目覚めさせるのでおじゃる! そして、覇王:シノジ=ダイクーン様へのニエとして、アイナ=ワトソンを捧げるのでおじゃる!」

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