贋作部隊の運命

 ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。

 魔道機関エンジンを積んで走る列車の中で、僕は考えていた。

 この先の、運命ってやつを。

 例えばこの列車。この列車は、いま、僕たちを破滅の運命へと運んでいる。無論、誰も、きっと僕たち以外の誰もそんなことは認識していない。

 僕たちの運命は、物語は、嫌になるくらい隠匿されている。目の前に座る彼女がフードと仮面で顔を隠すことを義務づけられているのが、その証拠である。


「……列車、乗るのは始めてだよな? 何か、感想とかないのか?」

 たわむれに、そんなことを訊いてみる。すると彼女は静かにこう言った。

「感想、と言われても困る……かな。だって、そんな余分なことを思考していていいのか、分からないもの」


 彼女は曖昧に微笑んだ。どうやら僕は、彼女を困らせてしまったらしい。


「すまない。もう三ヶ月にもなるのに、また無神経なことを言ってしまった」

「まだ三ヶ月よ。気にしないで……私のような贋作の言うことなんて、気に病む価値すらないのだから」


 とくに気負った感じもなく、ただ、「太陽は東から昇る」と言うのと代わらない調子で放たれるその言葉が、僕は大嫌いだった。けれど、僕はそんな単純な感情を伝えることすらもできずに、列車に乗って運ばれていく。

 僕たちの終焉の地。異界化した新興都市ペルセスに向けて。


 ◆


 ——数日前。僕は枢機卿に呼ばれた。

 黒衣の枢機卿はその虚空を映すような銀の瞳で僕の姿を認めると、こう切り出した。

「……昨今の時勢を鑑み、教皇猊下はこの先の我らの運命を非常に憂いておられた。なぜか分かるか、ルカよ」

「はっ。畏れ多くも、私見を述べさせていただきますれば、その理由は躍進めざましき工業化にあると考えます」

「続けたまえ」

「……切っ掛けは第3次メネシカ戦争だったのでしょう。かのメネシカ帝国は魔術の力により全戦全勝。向かうところ敵なしという有り様でした。しかし、エルゴグランデが工業兵器を投入すると戦局は一転、メネシカは劣勢になり……その後の顛末はご存知の通り。あのブレーゲラントでさえもが負けじと工業化を推し進め、今や世界の覇権は工業の道の先にあるという状況にございます。そのような世で、果たしていつまで魔術が重んじられ続けるか……教皇猊下の危惧とは、概ねこのようなところではないのでしょうか」

「然り。やはりルカ、貴様は賢いな。教皇猊下のことをよく理解している」

「もったいなきお言葉」

「……だが、まだ甘い。教皇猊下の危惧とは、魔術が軽んじられることそれ自体ではない。貴様も感付いてはいようが、教皇猊下の危惧は〈聖遺物〉が軽んじられることだ。魔術が軽んじられ、〈聖遺物〉が軽んじれれば、教会の権威というものも落ちてゆく。〈聖遺物〉という呼称も、その等級付けのシステムも、すべては教会の用意したものだ。そしてそれは、我らが神の子、聖女レリアに由来する」


 聖女レリア、その名をこの国で知らぬ者はいないだろう。その紅き瞳——【紅玉瞳】をもってして信徒を瞬く間に増やしていった、この世で最も尊き娘の名だ。


「そも、真なる〈聖遺物〉とは聖女レリアの遺骸にほかならない。ゆえにこそ、〈聖遺物〉が軽んじられることは聖女レリアの尊き御名が軽んじられることを意味する。だが、我ら教会は認めない。そのようなふざけた運命は、断じて……さて、ルカよ。では、この危機的状況を打破するにはいかにするべきか、分かるな?」


 ——枢機卿に呼ばれた時点で、薄々察してはいた。

 そも、教皇の願いはただ一つ、「聖女レリアを復活させること」だ。

 そして、その望みは20年前に起きたペルセス事変によって一度は絶たれた。枢機卿の言う真の〈聖遺物〉——聖女レリアの遺骸が実質、回収不能になってしまったのだ。

 遺骸がなくては、聖女レリアの復活は叶わない。

 ならば、どうするか。

 この僕に。教会騎士団0番隊——贋作部隊の監督者たる僕に何を命じるのか。

 そんなのはもう、考えるまでもない話で。


「……あれを、ペルセスの地へと遣わすのですね」

「うむ。貴様は話が早くて助かる。分かりやすい奇蹟を民衆に披露し、工業など所詮は戦争の道具に過ぎぬと知らしめてやるのだ」

「しかし、ペルセスには過去、2番隊~11番隊を派遣しておられたはず……そして、彼らの誰も未だ帰還はしていない。であれば、此度の命令、贋作部隊を捨てよと仰られるようなものでは」

「ほう。貴様が意見するとは珍しい」

「畏れ多くも、贋作部隊は貴重なはずです。今まで、教会騎士団の正式な部隊を派遣していたのも、贋作部隊をこのようなことで失うのが惜しかったからではないのですか」

「惜しい……惜しいか。たしかにそうだな。ああ、惜しいとも。もはや、贋作製造はできない状態だ。この作戦に失敗すれば、我々は貴重な足掛かりを失うこととなろう」

「ではなぜ——」

「寿命だよ。ルカ」

「——っ!」

「もう、あれは長くない。20年も経つのだ。万全のコンディションを維持できるよう、調整は施しているが、老化の兆候が見え始めている。どの道、我々は近いうちに贋作どもを失うということだ。……で、あれば。ここで一つ、博打に打って出るのも悪くはなかろう? あれらは聖女レリアの遺骸と誰よりも近い。案外、持ち帰ってくれるやもしれぬぞ」

「…………かしこまり、ました。では、そのように」

「うむ。念のためだ。全員が一斉に移動するのは避けたまえ」

「ええ、無論です」


 ◆


 そんなこんなで、僕たちはペルセスへと向かっている。

 列車に乗っているのは、0番隊——贋作部隊の隊長と僕のみ。ほかの隊員は先に現地入りしているはずだ。


「………………」

「………………」


 言葉もなく、ただ漫然と流れる景色を見ながら、僕たちは、僕たちの全てが終わりを迎えるであろう土地、ペルセスへと向かった。


 ◆


 20年前、教皇猊下は聖女レリアを復活させようとした。しかし、結果は失敗。その代償はあまりに大きく、実験場であった都市を丸々一つ地上から失うハメになった。

 いや、その都市は今もたしかに、地上にあるのだ。ただ……


「異界則密度、既定値を大幅に超過。まずいな……中和だけで数時間かかるぞ……」


 その都市は、この世のものではない法則の支配下に置かれてしまっている。何の対策もなしに中に入れば、人間は異界法則に浸蝕されて、そのカタチも魂も失ってしまうことだろう。おそらく、これまでに派遣された部隊もそうだったのだ。


「気にするこたねぇよ」


 贋作部隊の一人が気軽な声でそう言った。


「たしかに、人間基準で考えりゃあ……中和だけで数時間かかるだろうな……だが、あたしらがなんなのかは知ってるだろ?」


 僕は部隊員の一人、その少女の顔を見て頷いた。


「ああ、もちろんだとも」


 視線を右にやり、左にやり。どこを見ても同じ顔。同じ体格。同じ銀髪の少女。瞳こそ紅くないが、彼女らは紛れもなく聖女レリアと同一の容姿をしていた。


「——我々贋作部隊は、かの聖女の遺骸から生まれたホムンクルスです」


 贋作部隊隊長R-99が言った。


「〈聖遺物〉は、異界法則に対抗する力を持っている。ゆえに、我々贋作もまた、多少は異界法則に対抗可能なのではないかと、推察されます」

「だが……」

「それに、外縁部の異界則密度を下げたところで、内部——中心部には何も影響はないのでしょう?」

「ぐ……いや、だが」

「我々贋作はかの聖女のために動くことこそが本懐。ご理解いただけますね? 監督」

「………………」


 陽気な贋作が口出ししてきた。


「つーワケだから、お前は気にすんなよ」

「……君達は、本当にそれでいいのか? 名前を付けるという約束すら、まだ、果たせていないんだぞ」

「構いませんよ」


 贋作たちは、口々に言った。僕の願いを真っ向から否定する言葉と、教皇猊下の望みに同調する言葉を。


「ここで死ねるなら本望」

「聖女の復活に貢献できるなら、これほどよろこばしいことはない」

「我々の最期としては上出来」

「無意味に存在するだけだった我々に、ようやく意義が与えられた」

 ……などなど。


 ああ、こいつらはバカだ。僕の気持ちなんて何一つ気にすることなく、自分のことだけ考えて、どうしようもない破滅の運命に飛び込むってんだから。

 そんな連中を愛おしく思ってしまった僕の気も、知らないで。


「——1時間だけ待ってくれ。その間に、できる限りの中和をする。そして、一つ約束してくれ」

「約束、とは?」

「……必ず、生きて、帰るんだ。聖女レリアの遺骸と共に!」


 おそらくは、聖女レリアと同じ声のいくつもの返事が、重なって返ってきた。


「抗えよ……なんとしても! この、破滅の運命に!」


 たとえ、お前たちがただの贋作人形だったとしても、僕にとってはお前たちはこの世に一人だけの、オンリーワンにして真作なんだから。だから、軽々しく命を捨ててくれるな、と祈りながら、僕は異界則密度の中和作業を進めた。


(了)

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