ビースト&ガンズ

 目の前には死体が転がっている。弾丸に適応できず、不幸にもそのまま死んでしまった人間だ。

 いや、人間のまま死ねたのだからある意味では幸運だったかのかもしれない。

 ……弾丸の売人はこの先にいるはずだ。私は死体に合掌だけして、匂いの痕跡を辿った。


 ◆


 ――あれから10日が経った。未だに奴は掴まえられていない。


 くるるるるるるるる……。


「ちっ……腹減ったな……」


 奴を殺すために旅を続けてきたが、ここにきて金が尽きてしまった。泊まる場所も食べるものもないような有様だ。これでは、いざという時に変身することすらままならない。


 匂いを辿ってこの狼狗ろうく町まで来たはいいが……この町には奴の匂いが充満しすぎている。おそらくここに拠点を構えているのだろう。あちこちに痕跡があって、かえって追跡できなくなってしまった。


 そんなわけで何日も、ホームレスのようにその辺の軒下で雨をしのぎ、あてもなく町をさまよっている。もう何日も風呂に入っていないから匂いも見た目もかなり酷いことになっているようだ。聞き込みさえままならない。むしろ下手に人前に出ればチンピラやヤクザまがいの連中に絡まれる始末だ。治安が悪すぎないか。


 ……はっきり言って、手詰まりだった。警察のご厄介にはなりたくないが、真面目に留置所暮らしを検討するくらいには困窮している。


 軒下でなら雨をしのげるとはいえ、昨日から降り続けるこの豪雨のなかではそんなの気休めにもなりはしない。大粒の雨は確実に私から体温を奪っていく。せっかく、復讐相手の本拠地まで来たというのに、こんなところでこんな終わり方をするのは不本意極まりない。


「……あのー、大丈夫ですか?」


 ――だから、その言葉を聞いたときには目頭が熱くなった。


 顔を上げると、中学生くらいの少女がいた。ほわほわとした印象の彼女はこちらに傘を差し出して、私にこう言った。


「もし、お困りでしたら、私の家、この近くなので……その、ご飯とお風呂くらいなら用意しますよ」


「――あ」


 礼を言おうとして、気付く。声が、うまく出ない。かすれて、まるで喉が錆びついてしまったかのようだった。

 しかも立ち上がろうとすれば、身体が固くなってて前方に転んでしまう。


 ――私は、私が思うよりずっと弱っていたのだ。


 ◆


 少女――山野陽頼やまのひよりちゃんに肩を貸してもらいながら歩いた先、彼女の家だというその場所には「メイド喫茶ビースト&ガンズ」と書かれた看板がかかっていた。


「メイド、喫茶……?」

「あ、はい。うち、喫茶店やってるんですよ。メイド×ケモミミ×ミリタリーっていう性癖よくばりセットみたいな変な店なんですけど、いかがわしいことは一切ないので安心してください」

「……はあ」


 どうにもコンセプトのよくわからないその店の裏手に回り、私は陽頼ちゃんと一緒に屋内に入った。


 ◆


「わあっ。想像の10倍美人さんなんですねっ」


 風呂から出た私に向けて、陽頼ちゃんはすごく失礼なことを言ってきた。思ったことがすぐに口から出るタイプの子のようだ。


「用意した服もちゃんと着れてるみたいで良かったです」

「ああ、うん。ありがとう……こんなことまでしてもらっちゃって」

「いえいえ! そうだ、お腹空いてるでしょう? せっかくですから、表の店でお昼にしませんか? お代はもちろん私が持ちますから」

「表の店って……あのメイド喫茶のこと?」

「内装はちょっと物騒ですが、制服がかわいいんですよ。制服が。ケモミミとか尻尾とかもクオリティが高いので、きっとびっくりすると思います」

「へえ、それは、ちょっと見てみたいかな」


 ――とはいえ。本音を言えば私は、ちゃんとびっくりできるのか不安だ。なにせ私が追っている奴は「人間を変身能力者に変える【金の銃弾】」の売人。そんな奴を追っているのだから必然として、私はこれまで生の獣耳としっぽを備えた獣人を何人も見てきた。獣人としての衝動に呑まれて、暴走した能力者を戦ったのだって一度や二度じゃない。


 かく言う私もオオカミの獣人に変身できる。奴の匂いを追跡できたのだって、このオオカミの力あってこそだ。

 何回も変身したせいか、最近では人間の状態でもかなり鼻がきくようになってきている。


「――?」


 だから、見る前からうっすらと気付いていた。店の中に、獣人の気配を感じることができていた。

 ……いや、でも、まさか。

 そんな思いは、あっさりと裏切られる。


「へーい! ちゃんと働いてるー?」

「店長代理いえーい!」

「いえーい!」


 陽頼ちゃんが開け放った扉の先、メイド服姿の従業員はみな、漏れなく獣人だった。それも変身の程度を意図してコントロールできるくらいには能力を使いこなしている、言わば玄人だ。


 彼女たちはメイド服を着て、スカートの下から尻尾を、ヘッドフリルの後ろからケモノの耳を立てている。匂いで分かる。あれらは作りものなんかじゃない。


「…………陽頼ちゃん、これ……」

「ね、すごいでしょ?」


 何も知らないのだろうか。彼女はにっこりと無垢な笑みを見せた。


 ◆


 出された食事はどれも美味だった。数日ぶりのまともな食事だったから、というのもあるのだろうがそれにしてもかなり美味い。調理担当の腕は相当なものに違いない。


「――ごちそうさま」


 と、合掌したときだ。


 ――パァン!


 店内に銃声が響いた。


 音のした方――入口を見ればそこには覆面の男が三人。強盗だ。


「……困りますね、このような騒音を立てられては、ご近所から苦情が入ってしまいます」


 男達が要求を口にするより先、すっと「メイド長」と呼ばれていた女性が男達の前に出て殺気をぶつけた。だが、それで男達は諦めはしなかった。


「なっ、なんだァてめぇ! こっちには、これがあんだぞ!」


 言って、銃口をメイド長の胸に向ける。対して、メイド長はその銃身を手で掴み、銃口を自分の眉間に向け直した。


「なら、やってみなさい」

「い、いいのか……!? ほ、本物だぞ! こいつぁ!」

「さあ」

「う、うあああああああああ――!!!!」


 半ばメイド長の圧力に負けるかたちで、強盗犯の男は引き金を引いた。銃声が響く。

 私はただそれを傍観するだけで、引き金が引かれてからやっと我に返った。

 ――しまった、あれじゃ、あの女性は……!

 メイド長が額から血を流し、倒れる姿を幻視する。

 幻視で、済んだ。


「……………………は?」


 たしかに銃弾は発射された。そのはずなのに、


「――グバァっっ」


 現実に広がる光景は、メイド長が強盗犯の腹に一発、パンチを叩き込んでいるというものだった。


「メイド長は、アルマジロだからね。銃弾なんてへっちゃらなんだよ」


 ――と、陽頼ちゃんが説明になってない説明をする。


「……ええと、つまりここって、もしかして……」

「うん。みんな戦闘のエキスパート。元軍人、元極道、元不良、元少女A……いろいろとワケありな人が集まってるんだ、ここ。その証拠にほら、お客さんはともかく、ほかの人はみんな『いつも通り』でしょ?」


 言われて、私ははじめて気付いた。従業員が誰も動揺していないことに。


「……私は、詳しく知らないんだけど……お父さんがさ、なんか悪い人と戦うためにみんなを集めたらしいよ」

「悪い人……?」

「そ。銃と弾丸を売って、たくさんの悲劇を生み出して笑う悪い人」


 ――それはまさか、奴のことなのでは……。


 陽頼ちゃんは、どこか遠い目で言う。


「この町は、その悪い人と戦う意志のある人たちが集まってきやすいところみたい。それで、もしかしたらって訊いてみるけど……あなたも、そうなの?」


 強盗の断末魔をBGMに、私は首肯した。

 すると陽頼ちゃんはにこりと笑って、


「それじゃあ、ここの店長代理として質問します。あなたは、うちで働いてみるつもりはありますか? 衣食住の保証は、できるつもりだけど」

「……もちろん。よろしくお願いしたいです。――ただ、一つ確認したいことが」

「というと?」


「――いや、実は私、こう見えても男なんですよね…………それでも、大丈夫ですか?」


 瞬間、店内に強盗の登場にも動じなかった従業員たちの動揺する匂いが満ちた。


(了)

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