未だ釣り合うこと能わず、優雅なる不死の華
――一刻を争うときほど優雅さを忘れることなかれ。
それが我が家訓だ。
だから、俺は決して慌てたりはしない。そう、たとえ、恋人の足元に時限爆弾があるという、逼迫した状況であろうと――!
話は一週間前に遡る。
いとこのフランクリンが俺とジェニーのために遊園地のペアチケットをくれたのだ。……思い返してみれば、この時点ですでに胡散臭いことこの上なかったな…………。なにせあの、厄介事を持ち込むことにかけては世界一と言っても過言ではない男のすることだ。俺も少しは疑うべきだった。
だが、後悔したってもう遅い。あの時の俺はジェニーとデートができると大いに浮かれていた。兄上に指摘された通り、大馬鹿者になっていた。恋は盲目という言葉はまことだったのだ。
今日、俺とジェニーが訪れたティアーズフラワー遊園地の経営者、オズワルドには黒い噂があった。労働災害がもみ消されているとか裏でこっそりと奴隷を使っているといった、悪しき噂が。
そして、そんな密やかな悪を断罪して回っているおせっかい焼きの存在も当然俺は認識していた。
だが、俺は浮かれていて当然して然るべき警戒を怠った。
――だが、もし仮に俺が万全の体制でこのデートに臨んでいたとしても、こればかりは回避できなかったのではないだろうか。
「大丈夫……大丈夫だよジェニー。この観覧車が再び地上に戻るまで、まだあと二分はある。それだけあれば、解除は可能だ」
「ええ……信じてる。信じてるわアッシュ。けれど……怖いの私……あなたを失ってしまうかもしれないと思うと、体が震えてしまって」
そう。爆弾は偶然にも、俺たちが乗った観覧車の中に仕掛けられていたのだ。いや……ある意味偶然ではなく必然なのかもしれない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……アッシュ。私と一緒にいたばかりにいつもいつもこんな目に遭わせてしまって……」
俺の愛しい人、ジェニーは人間ではない。数多の呪い背負いし
船に乗れば氷山に衝突して沈没。
火山を見に来れば噴火。
寿司を食えば食あたり。
雷雨の空の下に出れば、雷は狙いすましたかのように彼女を打つ。
――そうして振り返ってみれば、今回はある意味で幸運だ。なにせ爆弾を解除さえすれば回避可能なのだから。
ゆえにこそ、ここは慎重に行かなくてはならない。
「…………どっちだ、これは? 赤を選ぶべきか、青を選ぶべきか」
「ベタなこと言ってる場合じゃないわ! 逃げてアッシュ! 私の呪いの影響下にあるのなら、多分その爆弾は、どこか壊れてる!」
「に、逃げろと言われても一体どこに――」
「あなたの身体能力なら観覧車の窓から外に出て適当なところで地上に降りることくらい容易でしょう!」
言って、ジェニーは俺を観覧車の窓から外に放り投げた。あの細腕の一体どこに成人男性一人を槍投げの槍のようにぶん投げる力があったというのか……俺の恋人はやはりミステリアスだ。
と、現実逃避していたときだった。
――ドォオン。
背後からくぐもった爆発音。
ああ、ジェニーの言うとおりだったのだ。爆弾は壊れていた。不幸な偶然によって、設定時刻よりも早くに爆発した。
爆発音がくぐもって聞こえたのは、彼女が爆弾を飲み込んだからだろう。彼女はそういうことをする。
――で、あれば。俺は急がなくてはならない。今頃、爆弾を飲み込んだ彼女は肉体ごと服が爆発四散してしまっているはずだ。不死身の彼女とて、服を再生させることまではできない。……彼女を、観覧車の中でふしだらな行為におよんでいた恥知らずにするわけにはいかないのだ。
木の枝にキャッチされた俺はすかさず駆け出した。優雅さは観覧車の中に置きっぱなしだ。賭ける。人目をはばかるという言葉は忘れてしまった。
――果たして、他よりも少しばかりオンボロの観覧車が地上に戻ってきた。ジェニーの乗る観覧車が。
「ジェニー!」
人波かき分けて、静止する係員を振り切って、俺はジェニーのもとへ急ぐ。かぶせるコートの準備は万端。「お待ち下さいお客様! お客様!」と叫ぶ係員を押しのけ、俺は観覧車の扉を開けた――。
「ああ、良かったアッシュ。あなたが無事で……」
ジェニーは、涙ながらに言った。その白い繊手はワンピースの裾を持ち上げている。彼女は、――観覧車に乗った時とは別のものだが――服を着ていたのだ。
「ジェ、ジェニー?」
ジェニーは周囲にくすりと笑いかけると、怒りを和らげるためだろう、慈愛に満ちた貴婦人の声で告げた。
「ごめんなさい。この人ったら、自分が高所恐怖だからって観覧車に乗った私のことが大層心配になってしまったようなの。ひとえに私への愛ゆえの行いですから、どうかあまり恨まないであげてください。……さ、行きますよアッシュ。ここにいては、皆様にご迷惑をおかけしてしまいますから」
言って、ジェニーは俺の手を引いて観覧車から離れていく。それから俺の耳元に顔を近づけてささやきかける。
「……一刻を争うときほど、優雅さを忘れてはならないのではなくて?」
ゾットするくらい冷たい声だった。……そうだ、彼女は正真正銘の不死の王。俺の何倍もの時間を生きてきた存在。今回だって、なんにも準備してなかった俺と違い、彼女はちゃんといざというときのために着替えを用意してきていた。
…………きっと、彼女にしてみれば、俺など赤子も同然――
「けれど」
彼女は、一転して恋人の声で甘く、さながら蠱惑するように、
「そのコートで、裸になってしまった私の体を隠そうとしてくれたのでしょう? アッシュ、あなたのそういうところ、大好きよ」
――にこりと微笑んだ。
ああ、だめだ。これはかなわない。早速、優雅さをどこかに置き去りにしてしまいそうだ。
俺は、自らの未熟さを痛感しながら、遊園地のどこかに潜んでいるであろう
(了)
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