いまじなりー・くらいしす


「もう五年くらいイマジナリーフレンドやってるけどさ、そろそろイマジナリーラヴァーにランクアップしてくれてもいいんじゃない?」


 私のイマジナリーフレンドのユキがそんなことを言い出したのは自室で宿題を片付けている午後九時のことだった。


 ……はい?


 と、訊き返してみる。するとユキはにっこりと笑って、


「つまり恋人になってあげるって話なんだけど」


 ――いや、恋人にしてくださいって感じじゃなかった?


「細かいニュアンスはどうでもいいじゃん。それより、まさか嫌なの? 私のイマジナリー恋人になるのが」


 ――イマジナリー恋人って。


 これでは宿題を進めることはしばらくできなさそうだ。私は伸びをして、少し休憩に入ることにする。


 ――なんにでもイマジナリーってつけりゃ通ると思ってんじゃねーのって疑惑はこの際置いとくとして、イマジナリー恋人って具体的になにすんの?


「そりゃもちろん、デートとか。カップル用の設備を二人で遊びつくしたり、ストローが二つついてるカップル用のドリンク飲んだり」


 ――一人でカップル用のドリンク飲んでる痛いやつに見えるよね? それ。


「でも、このあいだ読んだラブコメの主人公はやってたよ?」


 ……私はラブコメ主人公じゃないから…………。


 そう言うと、ユキは何かに気付いたかのようにハッとして口を手に当てた。


「――つまり、イマジナリーヒロインズを用意しろと……っ?」


 どうしてそうなった。ていうかイマジナリーヒロインズって何なんだ。


 ……別にハーレムがつくりたいわけじゃないから遠慮しとく。


「ええーっ。イマジナリー親友を作る良い機会だと思ったのに……」


 ユキは不貞腐れたように項垂れる。……とはいえ、こんなの所詮は私の一人芝居だ。分かってる。ユキの一挙手一投足に心動かしてやる必要なんて、これっぽっちもないことは、分かっているのだけど……


 ……ちなみにさ、なんで私の恋人になりたいの?


 なんとなく耐えられなくって、話題を換える。


「なんで? んー、なんでって言われても……だって私が恋人にできそうなの、ヒカリくらいじゃん。仮に、私がヒカリ以外に恋人を作ったとしても、それはヒカリの身体ですることになるワケだから、恋人になってくれる誰かさんは私じゃなくてヒカリを見てることになると思う。どんなに私がユキだって主張しても、私はヒカリとしか認識されない……」


 ――そういうこと。


 つまり、ユキは私のことが好きだとかなんとか……そういう話がしたいのではなく、恋というものを経験してみたい、恋人って関係性を味わってみたいと思っていただけなのだ。


「……なんて、まあバカバカしいけどね」


 ――いいんじゃない。


「え?」


 ――そういうことなら、恋人になってあげてもいいけど。


「ホントっ!?」


 うわっ。びっくりした……いきなり身を乗り出してこないでほしい。


 ……あー。うん。ホントだよホント。


「えっ、じゃあ契約書にサインしてくれる? 机の引き出しに入ってるから」


 引き出しを開けてみると、本当にそこには契約書っぽい書類が入ってた。いつの間にこんなモン作ったんだ……。


「ヒカリが寝てる間にこっそり、夜なべして作りました!」


 えっへんじゃないよ。返せよ。私の睡眠時間。


 ていうか最近やけに眠かったのはそれが原因か……深夜の覚醒時間、睡眠スコアバンドの不調とかじゃなかったんだ……。


「ほら、早く早くっ」


 そう急かさないでほしい。


 ……えーと? とくに契約内容におかしなところは……ん? なに、この、「ユキの同意なく恋人を作った場合、イマジナリーNTRビデオレター作成に承諾したと看做します」ってのは。


「あーそれは要するに、私が適当に街で見かけたリアルチャラ男とホテルに入るって意味だね。で、後日ヒカリには私のアカウントからビデオレターを送るかたちでイマジナリーNTRのご報告をさせていただこうかと……」


 イマジナリー恋人だからってやっていいことと悪いことがあるんだけど?


 ていうかそれ、私の身体を使うってことだよね? 知らないうちに私の処女がどこの馬の骨とも知れぬ男に貫かれるってことだよね?


「安心して! 処女を捨てるまでは待ってあげるし、私の計画じゃ実行するのはヒカリが結婚したあとになると思うから!」


 ――ヤる気満々で計画を立てるんじゃないよ。てか、結婚してからってことはそれ不倫じゃん。


「せいぜい良い弁護士の友達を作っておくことね」


 なんもかっこ良くないし最低だよ!


 ◆


 ――わたしには、二人の友達がいます。


「……でさ、本当どうかしてると思うんだよね、私のイマジナリーフレンド。なんていうの、人間として大切なものが欠けてるっていうかさあ……」


「そんなことないですー。ヒカリが最低最悪のド畜生だからこうなっただけですー」


「言いやがったなこいつっ! 薄々感づいていたけど気付かないフリしてたことをッ!」


「だって事実じゃん」


 ――仲が良いのか悪いのかよく分からない、けれどとても似た者同士な二人の友達がいます。


 ユキちゃんとヒカリちゃん。一つの身体を共有した二人は、私の目から見るといつも忙しない日常を送っているように見えて少し羨しくも思えます。


 ――まあ、常に一人二役をしているっていうのは、かなり疲れそうではありますけれど。


「……ええと、つまりユキちゃんは自分が恋人を作ってもヒカリちゃんのことしか見てもらえないんじゃないかって危惧してるんですよね」


「そう! そういうこと! ……みやだけだよ、私のことを理解してくれるのは」


 そう言うと、ユキちゃんはへたりこんで私の膝に頭を乗せました。ふりゃりとした笑顔を浮かべていて、まるで小さな子供のよう。かと思えば、突然不満そうな顔になりました。ヒカリちゃんが表に出てきたのです。


「みやこ、こいつの言うことは気にしなくていいからね。あくまでこいつは私のイマジナリーフレンドなんだから」


「…………はあ。あの、一つ言ってもいいですか?」


 私は、ほんの出来心で、前々から思っていたことを言ってみることにしました。


「あの、お二人はイマジナリーフレンドというより、二重人格っぽいなあと思うのですが……」


「「え?」」


 こころなしか、返ってくる声は二重に聞こえました。


(了)

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