VS. テンサウザンド PART.1

 深夜のコンビニバイトに夏目三和は退屈を覚えていた。

 いつもと変わらない、人のいない店内。することも特になく、ただただレジの前に立っているだけ。

 そもそも、ここは昼間であろうとよそに比べれば客の入りが良くない。サービスの問題ではなく、立地の問題だ。ここはどういうわけか、そういう場所に建ってしまったコンビニなのだ。


「……いらっしゃいませー」


 一人、客が来た。最近、ほぼ毎日、深夜のこの時間にコンビニに来る女性だ。寝間着の上にパーカーを着て最低限の見かけを整えたような雰囲気の彼女は、店を一周する。どうやら、自分のほかに客がいないことを確認してるらしい。

 女性は何も商品を手にとらず、レジカウンターへとやってくる。懐から取り出したものを夏目に突き付けて、

「金を出せ」

 ――そう、宣言した。

 さながら銃のように構えられていたのは、帯で一つにまとめられた百万円だった。夏目の見たところ、シワは一つもなくて全てがピン札。

 一見コントのようなシチュエーション。

 夏目のツッコミ待ちのようにも見えるが――


「――――っ」


 ――夏目はたじろいでいた。ナイフや銃を向けられたのと同じように、百万円を突き付けられて言葉を詰まらせたのだ。


「……お姉さんさあ、やっぱり分かってたんだ。私が能力者だってコト」


 女性が言った。その笑みはどこか、夏目を嘲笑うもののようにも見える。


「…………まさか、百万円でコンビニ強盗起こそうとするとは思わなかったですよ。――千円札、一枚使用」


 先に仕掛けたのは夏目だった。ポケットの中に隠し持った千円札が消える。瞬間、夏目は異能の使用権を手にした。

 夏目の異能は使用した金額で購入可能なものを任意の場所に呼び寄せる能力である。呼び寄せたものは任意の場所に出現させることが可能であり――たとえば、今のように。ナイフを瞬時に、相手の右手の腱のあたりに出現させることなどは造作もない。


 百万円を持つ右手に鮮血が散る。


「――がっ、ああああっ! ……よ、容赦ないね、お姉さん」


 相手は苦しげな叫び声を上げたが、諦めはしなかった。百万円を落とす前に左手で取る。そして、告げた。


「――万札、十枚使用」


 一万円札が十枚消えて、相手の周囲に空間の捻れが生じるのを夏目は見た。

 ――なにが来る――――?

 と、身構えて目にしたのは同じ顔をした人間が複数、時空の捻れからやって来た場面だった。10開いた時空の捻れから10人の人間がやってくる。服装や雰囲気はそれぞれ微妙に違っていたが、百万円持ってコンビニ強盗しに来た女性と同一人物と見て間違いはなさそうだ。


「自己紹介が遅れたね。私は千歳千鶴――通りすがりの、コンビニ強盗だ」


 ◆


 異能バトルの王道は能力の探り合いにある。

 千歳千鶴は、人数差において圧倒的優位に立っているにもかかわらず、夏目を警戒して近寄ろうともしなかった。夏目は夏目で退く気配をまるで見せない。獲物が罠にかかるのをじっと待つ狩人のようですらある。

 だが、睨み合いは長続きしなかった。観念したように夏目はレジカウンターを開き、千円札に手を触れる。


「――千円札十枚使用」


 千歳は十人全員が一斉に飛び退った。夏目の能力が瞬間移動系のものと考え、回避を試みたのだ。――しかし、狙いは違った。

 千歳は見事に被ってしまう。液体だ。目に染みるような、独特な匂い――まさか、と顔を上げた時にはもう、夏目の手にはライターが握られていた。


「………………っ」


 言葉を失う。

 千歳の能力はワームホールの生成とワームホールの拡散による大爆発である。平行世界の自分を呼び寄せることさえ可能な前者の能力はともかく、後者の方は世界を滅ぼしうる危険な能力だ。実際、すでに千歳は一度、地球を壊滅に追い込んでいる。

 原則として、使用金額が大きくなればなるほど能力の効果が増大する傾向にある。爆発能力を使うなら1ドル紙幣のような少額紙幣を使用するのが理想的なのだが――現在の千歳は一万円札を手放すわけにはいかないうえ、持ち合わせも少ない。平行世界から来てもらった10人の自分は能力の制約で、一時間の間、能力使用ができない。

 仮に誰かが1ドル札を持っていようと、アルコールをぶっかけられ、ライターで脅されているこの状況では受け渡しは不可能だ。


「――――はぁ」


 逡巡のすえ、千歳は手に持つ万札を捨てることにした。


 ◆


 かくして、深夜のコンビニでの戦闘は幕を下ろした。

 能力者同士の戦闘は、一般のカメラ映像には残らない。――能力を人々に与えた存在が、そのようにしている。

 ゆえに、この日も夏目三和はいつものように退勤した。ナイフで右腕の腱を切ったことも、アルコールをぶっかけてライターで脅したことも、すべては日常の一部だったと言わんばかりの態度で、帰路についた。


「――待ってたよ」


 だから、声をかけられたのには少し驚いた。そこにいたのは強盗犯――千歳千鶴。彼女は自分の右手を見せて、


「これ、治したいんだけどさ。治癒能力者に心当たりはない?」

「……強盗犯に教える義理はありませんが」

「いやあ、お姉さん手馴れてる感じがしたからさ、色んな能力者と知り合いなんじゃないかと思ってねえ……それに、腱をブッタ切って焼死させるぞって脅すのは、やりすぎだと思うんだけど、その辺どーよ? ん?」

「………………仕方ない」


 夏目は肩を落とした。


 もう一人の、平行世界の千歳千鶴――彼女が夏目の家に押しかけてくるのは、この10日後のことである。


(了)

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