不老不死のお医者さん

 王城の広間にて、初老の従者が訝しげに尋ねた。

「貴殿が……かの医者だと?」

 問われた男は首肯して、ボロ布のフードを脱ぐ。その下の顔は青年のそれだった。年のほど、20かそこらといったところ。無表情な顔からは達観したような気配が感じられはするが……到底、王が望む<世界さえ救う医者>には見えない。

 青年は無表情のまま、淡々と説明する。

「誤解には慣れています。……ただ、今は、私と、そしてこの紹介状を信頼していただきたい」

「ぐ……し、しかし……」

 紹介状は大貴族フラーフィアからのものだった。黒い噂は絶えることがないが、彼はこの国の裏の支配者だ。王でさえ、無碍にするわけにはいかないだけの力を持っている。

 初老の従者は再び紹介状を見る。何度検分しても、やはりその筆跡はフラーフィア本人のものに見える。

 魔術紋章も、フラーフィア家のものに相違ない。勘合符の反応から考えて、それは間違いない。だが――この若造に本当に治療ができるというのか? あんなことになってしまった王の治療が。

「事態は一刻を争うと聞きましたが、随分と悠長な真似をなさる」

 ハッとして従者が顔を上げる。青年は相も変わらず無表情。すべてがどうでもいいと宣うかのようだ。

 ――こんな、男に……頼るしか、ないというのかっ。


「…………かしこまりました。では、案内致します」


 どの道、王家には、従者には選択肢がなかった。

 フラーフィア家との関係悪化はなんとしても避けなくてはならない以上、 青年に王の治療を託すしか、道はないのだ。


 ◆


 初老の従者に先導されて、青年は闇深い地下に向かって階段を降りていた。従者の手に持つランプの火が、唯一の光源だ。

「……王の治療を依頼されたはずでは?」

「はい。王は現在、地下牢の中でございます。今、王の部屋で臥せっているのは影武者にて」

「地下牢?」

「……どうやら、その御様子では詳しいお話は伺っておられないようだ。では、僭越ながら私の口からお話いたしましょう。……あれは、三ヶ月前のことでした」


 従者は語る。

 三ヶ月前、王が不老不死の秘薬を手にしたこと。

 秘薬は少量ずつ摂取しなくてはならなかったので、しっかりと毎日、それを啜っていたこと。

 されど、ある日、王の体調は急変し、言葉にするもおぞましいことになってしまったこと。

 ゆえに、腕の立つ医者を探し求めていたこと。


 従者は訥々と語った。ランプの火のゆらめきは、さながら従者の動揺を表しているかのよう。

 ――こいつ、ウソをついているな。

 青年は確信した。

 この初老の従者は、何か、不都合な事実を隠そうとしている。と、すれば……やはり怪しいのは<不老不死の秘薬>だ。

 そういった呼び名の秘薬というものは、大抵何かロクでもないものだ。人に寄生する菌糸類であったり、精神を乗っ取る虫であったり、あるいは多数の人間を殺戮してはじめて手に入るものであったり。

 ――さて、この王が手にした秘薬は、どんなものかな。


 青年は少しも先の見えない闇の奥に目を凝らし、耳を澄ませた。

「……!」

 何か、いる。

 獣のような、唸り声だ。地の底から響くような、否応なしに逃げ出したくなるような、そんな恐慌を招く声がする。

「ああ、近づいてまいりました」

 初老の従者が震えた声で言う。

「ということは、まさかこれは……」

「……我が王の、変わり果てたお姿をご覧になっても、どうか逃げ出さないで頂きたい」


 やがて、平坦な道になった。永遠に続くかに見えた階段は終わり、壁際の燭台にランプの火を灯しながら、従者と青年は歩く。

 左手側を見ればそこには牢屋があった。現在は無人だが、澱んだ空気から考えるに、ここには何人もの人間がかつては押し込められたのだろう。

「……着きました」

 果たして、青年は最奥の牢屋前に到達した。檻の中には、なんとも形容しがたい一匹の獣が押し込められている。

「…………これが、王……ですか」

「左様。あの日から、我が王はヒトではなくなってしまった」


 その獣は、一言で表すなら巨大なオオカミということになる。だが、背中からは六本のヒトの手が生えており、側面部にはカラスの翼がある。尾は先端部に返しがついていて、鋭い槍のよう。脚もよく見れば、関節付近からヒトの指のようなものがいくつも生えている。

 ――そして、何より。

 

 長い黒髪の、東洋人の娘だ。顔と手足、そして下腹部だけは露出しているが、そのほかはオオカミの身体に埋まってしまっている。


「この、少女は?」

 指差して、青年が尋ねる。と、少女の口が動いた。

「……なんじゃ、貴様は」

「――っ」

 少女の目がぎょろりと動いて青年を見た。射竦められ、背を震わせる青年に少女は乾いた笑みをこぼした。

「ハッ。随分な怯えようではないか。そのような有様で本当にできるのかえ? 妾を殺すことが」

「――ということは、まさか貴女は、」

「そうじゃ。妾こそ、不老不死の秘薬よ」


 あっけらかんと言う少女に、青年の呼吸が浅くなる。


「……今回、お願いしたいのは、ええ、王から、この腫瘍を取り除いて頂きたいのです。お医者様、この娘は確かにヒトのかたちにございます。自我もあれば、魂もある。こうして話すこともできますし、王をお慰めになるのも御上手であらせられる。……しかし、この異形化の原因はほかならぬこの娘自身。こ奴を殺しさえすれば、王の身体は自然と治癒するのでございます」

「…………なるほど、それで、私か」


 青年は医者は医者でも、薬の調合を主として行う医者だ。魔法によって治癒するのでも、外科的処置で患部を切除するのでもない。

 それに、他人に言える話ではなかったが、一時期、青年は毒の効能を自分の肉体で幾度となく試し続けていたことがある。それでも肉体の胞子すべてを殺し切ることはできなかったものの……不死性の弱化には成功した。

 ゆえ、青年は人一倍、


 そして、目の前の獣。おそらくこれに刃は通用しない。いかなる不死かは分からないが、外科的処置でなんとななるのならとうの昔に少女は切り離されているはずだ。

 よって今、青年に求められているのは丁度いい塩梅の毒だ。少女だけを殺し、王は生かす毒。少女が不老不死の秘薬だと言うのなら、少女を殺しさえすれば、王の異常は解決の目処が立てられる。

 最悪、王が死んでしまってもそれはそれで構わないのだろう。

 王城の人間が一番に恐れること、それはこの悍しい怪物が地下牢から脱走し、衆目に晒されてしまうことに違いないのだから。


「……まったく、あの男め。最初から分かっていて黙っていたな」


 舌打ちして、青年は頭をかく。それから顔を上げて、少女を指差した。

 宣言する。


「僕は、貴女を犠牲にするつもりは微塵もない」


 少女はきょとんとした顔で青年を見つめ返していた。


【続かない】

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