年越しグダグダ初体験


 ――12月31日の夜。22時。


 一戸建ての藤木家玄関先で藤木みどりとそのいとこ、小倉春はみどりの両親を見送っていた。


「それじゃあ、わたしたちはお稲荷さんにお参りしてくるから。ちゃんと鍵はかけてね」

「屋台土産はなにがいい?」


 みどりの父の言葉に、春とみどりの二人は揃って首を横に振った。

「なんでもいいよ」

「僕も、とくに希望はない、です」


「ん、そうか? そういうことだったら適当に選んで買っておくが……」

「それじゃあ、行ってくるから。二人で留守番、よろしくね」


「はーい。じゃね~」


 みどりが手を振る。みどりの両親は夜の街の中へと歩いていった。まだ除夜の鐘の音も聞こえない、しんとした年末の夜へと。


「――さて」


 玄関を閉め、後ろ手に鍵もかけて、藤木みどりは小倉春の顔を見る。好奇と欲の滲み出る表情を浮かべ、


「それじゃあ、ヤろうか」


「……ほ、本気で言ってるの? 僕たちまだみ――」

「そんなことはどうでもいいの。約束したでしょ? 今年の始めに。いっしょに姫始めするって。大晦日になったけど、いよいよその約束を果たす時!」

「あれは! 僕が姫始めの意味を知らなかっただけで! そんなことっ、するつもりは……」

「でも、私のことは好きなんでしょ、春」

「そ、そういう意味で好きなんじゃ……っ」

「私はそういう意味で好き! というわけでレッツベッド!」

「わ、い、いや、ちょっ、引きずらないで……っ! ていうかなんでそんな積極的」

「んなァことァ気にしなくてもいいの! 別に学校でビッチキャラ演じてるけど初体験の話を濁すしかなくてシタことないんじゃねーのアイツって思われてるから急いでるとかそんなことは全然ないから!」

「お、オーケー! 事情はよく分かったから! とりあえずっ! とりあえず僕を引きずったまま階段を上ろうとするのはやめて! 始める前から腰を壊すからッ!」


 みどりは自分の部屋に春を連れてきた。春は依然として気が進まない様子であったが、服を脱がせてしまえばこっちのものだという根拠なき勝算がみどりの中にはあった。


「えーとじゃあ、まず服を脱いで? ……あ、下着も全部ね」

「…………あのさあ」

「なに?」

「この部屋、エアコンついてないよね」

「そうね」


 みどりは室内用のパーカーに袖を通して頷いた。


「……服を全部脱ぐ必要は、ないんじゃない?」

「でもどうせ運動するうちにあったかくなるし……」

「オッサンみたいなこと言わないでよ。まともに暖をとれる設備がコタツしかないんだからさ、ベッドの上じゃなくてコタツでしてもいいんじゃない?」

「……いきなりマニアックなこと言うな…………まあ、別に異論はないけど」


 こたつの中で家族に隠れて行為に及ぶというシチュエーションはものの本で何度か見たことがある。そういうプレイに憧れがないと言えば、ウソになる。みどりは戸惑いつつも、首肯した。


 とりあえずコタツに入る。


「……冷たくない?」

「あ、コンセント入ってなかった」

「じゃ、あったかくなるまで少し待とうか」

「うん」

「……………………」

「……………………」

「って違う! なに寛ごうしてんの! ていうか向かいに座っちゃ入るモンも入らないでしょうがッ! カム! ヒア!」

「みどりが後から入ったくせになに言ってんの……まったく……」


 春がみどりの隣に座る。コタツは小さいので必然、身体を密着させることになる。


「……なんか、違くない?」

「えっ」

「ふつう、こう……一方がもう一方の膝の上に座る感じじゃない?」

「あー……こう?」


 春がみどりの上に腰を落とす。


「そうそうこんな感じこんな感じ……って違う! 男女逆ッ! 春の息子は紐っぽい形のグミかってのッ!」

「だから言葉選びがオッサンくさいって……じゃあ、こう?」


 春がみどりの方に身体を向ける。体位で言うと対面座位のかたちになった。


「……へぁ」

「みどり?」

「い、いや……うん、合格、合格。大丈夫……そ、そう意外と積極的なんだ、春って」

「あ、これでいいんだ」

「それじゃあ服を……ええと、ズボンを下ろして、パンツも脱いで」

「……はいはい。けど、いいの?」

「なにが?」

「僕の、これじゃよく見えないんじゃない?」

「…………触感分かれば別に、いいかなって」

「ふーん。あ、みどりの方も下ろしとくね。……えーとスカートのジッパーは……あ、ここか」

「んっ……ちょっと触り方がやらしっ………………って。なんで春がスカートの脱がし方を知ってるの!? まさかもう卒業済み……」

「いやだってみどり、ことあるごとに僕に女装させてきたじゃん。しかも自分の服で」

「あっ……」

「はい。脱げた」

「うわぁっ……なんかドキドキしてきた」

「今更なに生娘みたいなこと言ってんの。やるって言い出したのはそっちなのに」

「みたいじゃなくて正真正銘のモノホンなんだよこっちは。なんとか鑑定団で『大切になすってください』って言われること請け合いのね!」

「それを雑に捨てようとしてたのは一体どこの誰なんだか……」

「ええ、と……それじゃあ、キスでも、する?」

「え、するの……?」

「まあ、一応?」

「じゃあ、する?」


 そんなこんなでふたりはグダグダの前戯を行った。

 遠くで除夜の鐘が聞こえてきた頃、ようやく本番を迎える。


「そういえばさ、ゴムは持ってるの?」

「へ? ゴム? ……それだったら机の引き出しの板の下に」

「デス○ートじゃないんだからさあ……取ってきてよ」

「ええー。春が取ってくればいいじゃん。板の外し方を間違えても発火なんてしないから」

「……しょうがない」


 春がコタツから出ようとして、みどりは春のものを見る。触れた感覚で大きさは察していたが、実際に目の当たりにしてみるとやはり衝撃が大きい。酩酊感すら覚えるような強烈な匂いは、一生忘れられないのではないかと思うほどのものだった。


 それから二人は、除夜の鐘の音に急かされるようにしてグダグダの初体験を終えた。

 初体験の結果に悶々とする二人ではあったが、入れ違いにトイレに入って悶々を解消できたので結果的にはそれほど悪い思い出にはならなかった。


「ただいまー。あら、二人ともなんだかいい寝顔」

「なんだ、せっかく煮イカを買ってきてやったのに」


 リビングのコタツで二人並んで眠る二人に、みどりの両親はそんな言葉をかけた。


(了)

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