STAND ALONE
俺とショーゴとヤスの三人は昔っからの腐れ縁でさ、だからあの日のことは今でも後悔してるんだ。
――『スタンド』っつった瞬間、お前の負けは確定するッ!
ショーゴがそう言ったのは、大学が年末年始ってことで冬期休暇に入った、ある日ことだった。少なくとも大晦日とか元日とかじゃあなかった。俺たち三人とも、年明けは実家で過ごすような殊勝な心掛けなんてしちゃいねえが、それだけは確かなはずだ。
あの日、俺らは三人でヤスん部屋に集まってブラックジャックをやっていた。
ブラックジャック――聞いたことくらいあるだろ? 闇医者のマンガじゃあないぜ。カードゲームだ。ここから先の話に関わってくるコトだから……簡単にルールを説明しておこう。
①ゲームは、ディーラー(親)とプレイヤー(子)に分かれて行われる。
②ディーラーはシャッフルしたトランプの山からカードを二枚ずつ、プレイヤーに配る。その後で、ディーラーが一枚カードを取る。カードの中身は自分意外の誰にも見せちゃいけない。
③プレイヤーは、配られたカードに対していくつかのアクションを行う。一つは、ヒット……カードを一枚追加する。もう一つは、ダブル……カードを一枚追加して、その上掛金を倍にする。言い忘れてたが、あの日のブラックジャックは金を賭けたものだった。……ヒットが回数制限ナシなのに対して、ダブルを行った場合は追加で引いた一枚と最初に受け取った二枚の合計三枚だけで勝負に出なくちゃなんねえ。他に、サレンダーと……スタンド、というのがある。サレンダーは分かるだろう、勝負から撤退するってワケだ。掛金の半分を支払って、勝負から降りるのがサレンダーだ。そして、問題のスタンド…………これは、勝負に臨むという宣言だ。もうカードを追加しなくてもいい、この手で俺はお前に勝つという覚悟の言葉だ。ほかにもアクションはあるが、あの日の出来事を説明するのに必要なアクションは、この四つ――ヒット、ダブル、サレンダー、スタンド――だけだ。
④そうやってプレイヤーの手が確定したら次はディーラーの番だ。…………だが、まあ、今回の話でディーラー……つまり俺の動きをここで説明する必要はないだろう。気になったらその板でも使って調べてくれ。
⑤ブラックジャックの勝負ってのは「誰の手が一番『21』に近いか」で決まる。クローバーだとかダイヤだとかのスートは関係ねぇ。数字の合計値だけを見る。ただし、2~10はそのまま足してもいいんだが、
⑥ちなみに、「21」をオーバーした奴はその時点で負けだ。ディーラーだろうとプレイヤーだろうと無条件で負けになる。これをバーストと言う。
説明すべきコトは、まあこんなトコかな。
さて、それじゃあ本題に入ろう。あれは吐く息の白い、寒い寒い冬の日のことだった。安アパートのヤスのコタツに脚を入れて、ガタガタ体を震わせながら俺達三人は暖を取ってた……たしか、何か見たい映画があるんだったかな。俺達は面白くもつまらなくもないテレビ番組見ながら時間が来るのを待とうと、適当に駄弁ってたんだ。でも、いつまでも駄弁ってちゃあ退屈だ。
俺ら大学生にとって、退屈は不倶戴天の敵だった。「仏に逢うては仏を――」って言葉があるが、あの時の俺らは「退屈に逢うては退屈を殺せ」ってノリだった。
だから、ヤスがトランプを持ってきて
「ブラックジャックをしよう」
そう提案したのも、当然の話だった。なぜブラックジャックだったのかは……分かんねえけどさ。
さっきも言った通り、俺はディーラーを務めることになった。公正なじゃんけんの結果だ。文句はない。
掛金は100円から。ディーラー:俺、プレイヤー:ヤス、ショーゴのゲームが始まった。
最初のうちはつつがなく進んだ。だが、ショーゴもヤスも、そして俺も少し熱中しやすいタチでね……掛金は気が付けば、シャレにならない額に膨れ上がっていた。
別に身内の賭け事ごっこだ。そんなのに拘束力なんてないんだけどさ……誰も、止めようとか無かったことにしようとは言い出さなかったんだ。
トータルの勝数で言えば、その時はヤスが一番、俺が二番でショーゴはビリ。掛金も俺たちから借金してるような状態だった。
「…………こォーなったらヨォ、しゃあねぇ…………奥の手、使わせてもらうぜ…………」
ショーゴがヤスを順番に指差すと、あのセリフを言った。
「いいかッ!! ……『スタンド』っつった瞬間、お前の負けは確定するッ!」
はじめは意味が分からなかったが、何回かやっていくうちに否が応にも理解するしかなかった。その言葉が本当だということに。
奇妙なほどに、ショーゴが勝ちだしたんだ。
ブラックジャックは数学のゲーム――数学の力を借りれば一定の勝ちを得ることは、そう難しいゲームじゃないと聞く……無論、イカサマの存在はないとしての話だが。
だが、そんな理屈で説明できるレベルじゃあなかった。
ああ、そうだ。ショーゴの奴は、イカサマをしてたんだ。それも、トランプのすり替えとかそんなチンケなモンじゃあない……もっと、信じがたいような方法で、だ。
それに気付いたのは残念ながら俺じゃなくヤスの方だった。
「おい、山に残ってるはずのカードと引いたカードが一致しないぞ」
ヤスは覚えてたんだろうさ、場に出たカードを全部。場に出たカードは山に戻されず捨てられていた……。残りがなくなってはじめて捨てたカードを山に戻してたんだ。だからこそあいつは、ショーゴのイカサマに気付いちまった。
――ショーゴの、「相手が勝ちを確信した瞬間に自分が負けないように運命を改竄する」能力の存在に。
信じられない? 安心しろ、これからもっと信じられないことになる。
……ヤスはさ、イカサマが大嫌いな奴なんだ。というか、卑怯なことが許せない。親父の卑怯な生き様を嫌というほど見せられたせいだろうな……正々堂々としてない奴は人間じゃないとさえ言うような奴だった。
…………数時間後、ショーゴは血塗れになってた。
死んでいた。
俺はヤスの凶行を、止められなかった。
◆
「あのさぁ、お前、本当どうしちまったんだよ」
俺の話に対し、目の前の男は眉をひそめる。
「オレが? ヤスに殺される? ……いや、殺されたって? ここでこうしてピンピンしてんのにか?」
「ああ。そうだ。ヤスはショーゴを……お前を殺したあと、その能力を発動させた――殴り殺した相手が更生可能な昔まで、時を巻き戻す能力さ。もっとも、本人はそんな自覚はない。あいつは更生させるためにお前を殺したんじゃなくて、お前が許せなかったからお前を殺した。時間の巻き戻しは何度か起きているが、どうもあいつはその自覚を持てないらしい」
「……んーと? つまりなんだぁ? お前はこう言いたいのかよ? ……オレがヤスに殺されたあの日のことは、自分しか覚えてないんですって」
「ま、そういうことだよ……未だに俺が、お前のことを下の名前でフランクにショーゴと呼ぶことにためらいを覚えるのは、お前が別人になっちまったからなのさ」
卑怯者じゃない。
勝つことに異様な執着を覚えない。
公明正大さを重んじる、毒にも薬にもならない善人。
だけど、見た目は同じ。
――そんな奴と10年も付き合うのに、俺はいよいようんざりしていた。
(了)
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