剣鬼魔剣の饗宴戦争

 十四の光がそらを駆けた。七つは魔剣。七つは剣鬼。

 ここに、一つの饗宴が起こる。

 それは、魔剣と剣鬼の「最強」の称号をかけた戦争。

 最後に残るは一振りの魔剣。一体の剣鬼。

 己こそ最強なりと力を示したモノは、いかなる望みをも叶えることが許されると云う――。


 民は逃げよ。剣鬼の征く道には屍のみが満ちる。

 王は捨てよ。魔剣の傾せた国は数知れず。


 儚きかな人の世。終末齎すにはたった七振りと七体あればそれで事足りる。


 ――ゆえに、安寧を欲するならば。

 人よ、関わることなかれ。

 やり過ごすことに専念せよ。


 ◆


 魔剣の落ちたその村から、既に人は逃げ去っていた。

 あとに残るのは、死体と放置されたままの家畜ども。家畜の、ヒトの死肉貪り生き延びんとするさまは終末の二文字の相応しい光景であった。

 夕闇の中、そこに一人の男がやってくる。


「――おっかしいなァ。たしか、ここいらに魔剣が降ってきたハズなんだがなァ」


 廃村を訪れた男は、ボロボロの着流しを身に纏った男だった。片手には、この国の兵士が携帯する剣を持っている。血にまみれ、刃毀れの見られる剣はさながらなまくらと言ったところであるが、男は意に介さないようであった。


「……魔剣とは、これのことか?」


 そんな男の前に、一人の青年が姿を見せる。とても、剣鬼のようには見えない。黒ずんだ服はそこらに転がる死体のものと大きな違いがあるようには見えないし、青年の身体つきも特別鍛えている風ではない。

 だが、青年が男に見せた剣。それは紛れもなく魔剣と呼ぶに相応しい風格を備えていた。

 刀――である。鞘のない抜き身の刀。ヒトを魅了する青色の光纏う流麗な拵え。


「へぇ。なんだあんのかよ……寄越しな。そいつはオレのモンだ」

「断る」

「トーシローが持ってても、振り回されるだけだぜ? なんたって魔剣は一本一本が人の心を蝕むような邪悪な存在だ。……あるいは、アンタ、もう心を蝕まれちまってんのかもなァ?」


 男の下卑た笑みに対し、青年は能面のような無表情で応える。


「だからどうした。俺は、俺であるという自覚ができてさえいればそれで良い」

「フン。イカれてんな……だが、嫌いじゃあないぜ?」


 男が剣を振り抜いた。

 目にも止まらぬ動き。斬撃の軌跡がまったく分からない。肩から先の動きが捉えられない。

 彼は、ただ単純に振るう速度が異常なだけの剣鬼だった。

 技量と呼べるものはなく、特別な技なんて何も持っていない。

 しかし、神速に達するその速度は甚大な運動量を生み出し、空気を炸裂させる。本能のレベルで、彼はそれを為すのだ。


 瓦礫が舞う。家々が吹き飛ぶ。家畜が浮く。村人の死体がぐるぐる回転して風に踊る。


 ――斬撃の風圧で、嵐が巻き起こる。


「……ぐっ」


 青年は踏ん張るだけで精一杯だ。魔剣を地に突き刺し、身を縮こまらせて耐える。当然、ここで斬撃が――青年の身体を真一文字に裂く一撃が来れば、受けるしかない。


 果たして、青年の上半身は嵐に呑まれていずこかへと飛び去っていった。地に縫い止められたままの、魔剣と下半身を残して。


 ――それが、一戦目。


「――っ!?」


 気がつくと、男はまた村の入口に


「どうなってる……?」


 白昼夢? 否。そうではない。夕闇は先ほどよりも濃さを増している。

 時間はたしかに、流れているのだ。

 だが、この村の内部は変わることなく、先ほどまでの状態が再現されている。


「こういうことだ」


 男の前に、先ほど殺したはずの青年が現れる。そして繰り出すのは、乱雑な剣の振り。


「……なんのマネだァ? そいつは」

「貴様の剣術だ。……まだ、修練不足のようだな」


 男は真面目な顔で語る青年を嘲笑った。

 自信の「嵐起こし」が修練でどうにかなるものでないことは、使い手である彼自身がよく知っている。


「くだらねぇ。死ねや」


 男は青年の首を落とした。


 ――二戦目はそうして、幕を閉じた。


「畜生ッッ!! いつまで下らねえことに付き合わせやがるッ!」


 十戦目から先――男は数えるのを止めていた。

 一つ明確なのは、青年を殺すと状況が巻き戻るのだということ。そして、おそらくこれは青年が満足しない限り続くというものだった。

 そして厄介なことに、青年は脅威的な学習能力を有しているらしかった。


「……どうだ。貴様の剣技、多少は再現できるようになったぞ?」


 青年は、男がただの一度しか見せなかった『嵐起こし』を再現しかけていた。

 それが魔剣の力によるものか、はたまた青年自身の素質か……そんなことは最早どうでもいい。

 剣鬼としてこの世界に招かれた男は、しかし。今や目の前の青年こそが剣鬼に相応しいのではないかと思うようになっていた。

 幾百幾千もの死を経てなお精神こころは死なず。

 男が逃げようとしても、無駄だ。

 その時は青年が自刃するだけ。彼は自らの首を切り落とすことにいささかの躊躇いもない。


「……バケモノが」


 男が悪態をつくと、青年は初めて笑みを見せた。


「それはお互い様だな」


 ――やがて、夜明け前。東の空が白んできた頃になってついに、青年は『嵐起こし』を再現して見せた。心を殺されていた男は無抵抗のまま、嵐に飛ばされて彼方へ消える。


 それを見届けて、青年はくずおれた。肩で息をしつつ、言う。


「やった、やったぞ……魔剣『逆さ渦』。これで、お前は俺を所有者と認めるか?」


 すると、魔剣は青年の手から抜け出て、少女のかたちをとった。その顔はどこか、青年に似ている。


「ああ。汝の根性、見事であった。幼き娘の身体といえど、少しばかり疼くかと思うたぞ」

「妹の口で品のないことを言うのはやめろ」


 青年が睨むと、少女はふっと笑った。

 少女は青年に背を向けるとステップを踏んで、東の方へ。けらけらと笑いながら歌うように語りかける。


「楽しませておくれ。青二才。汝の奮闘をもっと。もっと。妾に見せてくれ。……この、可愛らしい娘っ子を、取り戻したくばな」


 青年が思い出すのは、この血塗られた饗宴の開始が告げられた夜。天を十四の星が駆け抜けたその日のことだった。

 彼が急いで家に帰ると、屋根に大穴が空いており――彼の妹は、この刀に貫かれていた。


 やがて、刀と彼の妹は一つとなり、そして青年に語りかけてきた。妖艶な女の口調で、


「この身体、返してほしくば妾と共に戦うがよい。……尤も、汝を所有者と認めるかは、別の話であるがの?」


 ――果たして、青年は為し遂げた。辛うじて、彼は認めさせることに成功したのだ。

 これからどうなるのか分からない。だが、妹を取り戻すため。この血塗られた饗宴に一刻も早く幕を引くため、青年はこれからも征く。

 骸で舗装された修羅道を。


(了)

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